五月晴れ 一話
パラパラと音を立てて。
雨が、降る。
邸の中は昼間だというのにどこか薄暗い。天を見上げれば曇り空が広がり、今にも泣き出しそうな天気だ。
素足を鳴らしながら濡れ縁を歩いていた昌浩は柱の影に何をするでもなく佇む人影を見つけ、声をかけた。
「太陰」
呼ばれた少女はくるりと振り向く。愛らしい容姿に変わった出で立ちの少女は、よくよくみれば耳がとがっていた。
「なぁに、昌浩」
自分より背丈の高い昌浩を見上げ、太陰は聞き返す。
昌浩はうん、とうなずいて太陰から目をそらし邸の方へ視線を向けた。
「玄武を探してるんだけど、見かけなかったかな。じい様に聞いても知らないっていうんだ」
そんなはずないのに、とボヤきながらむすくれる昌浩に太陰は小さく笑った。
「邸の中にはいないみたいね。出かけてるんじゃないかしら」
言いながら庭先に視線を投げ、次に灰色の空を見上げて太陰はそうか、とつぶやいた。
「そうね。もうそんな時期なんだわ…。昌浩、玄武を探してる用って今すぐじゃないと駄目なことなの? そうなら呼びにいくけど、そうじゃなければもう少し待ってほしいわ」
「あ、うん。別に今すぐじゃなくても大丈夫。太陰、玄武がどこに行ってるか知ってるの?」
「ええ…知ってる。憶測だけど、多分あそこね」
外を見つめたまま言いながら、太陰は幼い表情をわずかに曇らせた。
***
都のはずれにある古びた庵。その裏手にはこんもりともられた土饅頭がある。
大きさの違う二つのそれは真新しいものではなく、かといってそれほど古いものでもなく。つい何年か前にそこに作られたもののようだった。
少し前から降り始めた雨にしっとりと色を変えだしたそれの前に昌浩の探し人、玄武はいた。
二つの土饅頭を見下ろす表情は暗い。何かを思い出すような、真新しい傷口に触れられたような痛みをはらんだかのような瞳。
「早いものだな」
ぽつともらされた呟きは雨粒に交えて消える。
備えられた僅かな花束は雨に当てられかすかに震えていた。
さあさあと降る雨の音に耳を澄まして、静に目を閉じる。
―――玄武、私ね……。
雨音にまぎれて、弱弱しく自分の名を呼ぶ彼女の声が聞こえてくるような。
―――生きろ
握り締めた手は冷たく。失うかもしれないと。
―――私、玄武が好きだよ。大好き……。
青白い手が伸ばされ、血を失った唇が動く。
失うことに初めて恐怖を覚えた瞬間。
あの日も今日のように、雨が降っていて…。
かさり、と草を踏みしめる音にはっと意識が引き戻される。
今更何を、自分は考えていたのだろう。
数度瞬きをして、玄武は頭を振った。
『玄武? 変わった名前だね。』
『私は。助けてくれてありがとう。』
『ねえ、玄武。手、握っても良い?』
『私たち並んでると兄弟みたいだねぇ。』
『ね、私…一人ぼっちになちゃった…』
二年前、出会った彼女は。
ころころと表情のよく変わる、明るい少女だった。
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