先ほど立てた仮定は間違っていなかったようだ。
私はどうやら奇抜な髪色と髪色をしたアルバロなる人物の謀略(お遊び?)の元、このミルス・クレア魔法院という場所に召還されてしまったらしい。ミルス・クレア魔法院て何処だよ聞いたこと無いよ召還てなんだよと現実逃避の如く思う。
人間を召還するとか何を考えているんだろうとささやかな苛立ちが込み上げてきたが、腹の中で宥めすかして平静を保つ。きっと直ぐに帰れるはずだ。
「貴方はどこから来たんですか?」
「何処って…日本? じゃぱん? 東の小さな島国ですが…」
エスト少年の後ろに立つ彼らが顔を見合わせた。え、何。日本て別にそこまでマイナーな国じゃないよね? 確かに小さい島国ではあるけれど立派な先進国だ。アマゾンの奥深くにある秘境の村とかじゃあるまいし、名前くらいは知っているはず・・・。
しかしエスト少年は緩く首を振り、残酷な現実を私に告げた。
「この世界には、日本という名の国は存在しません。貴方は恐らくこことは違う世界……異世界から招かれて来たんでしょう」
「…まじ?」
エスト少年の言葉に、私は再びぽかんと口をあけアホ面を晒すハメになった。
「存在しない? じゃあ私はどうやって元の世界に戻ればいいの?」
「残念ですが、今の僕達では貴方を還す方々が分かりません。このようなイレギュラーな事態は早々あることではありませんし、何より…」
エスト少年は言葉を止めて私を見た。
「とにかく一度先生方に会って貰った方がいいでしょう。もしかしたら先生方なら何か方法をご存知かもしれません」
先生方って誰。私の無言の問いかけに、エスト少年はしばしの沈黙の後「付いてくれば分かります」とそれだけを言った。
私が先ほどまでいた部屋は実験室だったらしい。通りで怪しげな鍋やフラスコやビーカーが所狭しと並べられていたわけだと一人納得した。
それにしても美形6人に囲まれて歩く容姿中身共に平凡な女一人。どうにも浮いている気がしてしかたがない。というよりは確実に浮いている。容姿はもとより服装も、ローブを纏う彼らと違い私は夏物のワンピースにカーデガン。そしてミュールという出で立ちだ。周りを見ればみんな多少アレンジはされているものの似たような格好をしていて、四方から飛んできて突き刺さる好奇を孕んだ視線に今の私はとてつもなく肩身が狭い思いをしていた。
「あの……何もこんな大行列で歩く必要はないんじゃ……」
誰か一人が付いて来てくれれば済む話だよね?
もう何度目になるか分からない己の意見を控えめに主張してみるものの、アルバロ氏のどこか背筋が薄ら寒くなるような笑顔で一蹴される。ひくりと頬を引きつらせながら、この人は超ド級のSだと心のメモにそっと記した。人をからかったりいじめたりするのが大好きに違いない。
道すがら彼等に簡単な自己紹介をお願いした。最初に私を質問攻めにした青い髪の少年の名はユリウス。彼は魔法のことになるとどうにも理性が吹っ飛ぶ…というか暴走してしまうらしい。一見したら優等生なのに人は見掛けによらないものだ。
ユリウスを止めてくれた褐色の肌の青年はビラール。遠くファランバルドと言うところからの留学生なのだそうだ。なるほどカタコトなのはそのせいか。
ファランバルドが何処にあるどんな国なのか全く知らないけれど、頭に巻いたターバンと装飾品からアラブ的な国なのかな、なんてことを勝手に想像してみる。
それから金の髪の育ちのよさそうな少年はノエル。実験室からここにいたるまでの短時間で分かったことだが、彼はどうやらユリウスをライバル視しているらしい。ユリウスの方はまったく関心を見せていなかったが。ある意味切ない片思いだろうか。
赤い髪の少年はラギと言った。彼は複雑な事情があってミルス・クレア学院に在籍しているらしい。魔法学校にいながら魔法が使えないのだそうだ。背中に大剣を背負っている姿はさながらファンタジー物語の主人公を思わせる。
残り二人は私に事情を説明してくれたエスト少年と、全ての元凶であるらしいアルバロ氏だ。出会って早々こんなこと言うのもなんだけど、彼はなんとなく胡散臭かった。とはいっても、やっぱり彼ら六人とは今日が初対面であるわけで、真実どんな人物かなんてまだまだ私には解らないのだけれど。
そうして自己紹介も終え、学園の回廊を歩いていたときだった。
ふんわりとした桃色の髪を結い上げた少女がぱたぱたと元気に駆け寄ってきたのは。
琥珀色のくりっとした大きな瞳に色の白い小さな顔。えらい美少女だった。女の私から見ても超可愛いと思った。しかもスタイル抜群。
「あ! みんなおはよう! 今日も良いお天気ね!」
「おはよう。ルルちゃん。今日も朝から元気いっぱいだね」
「おはようございます、ルル。そんなに慌てているとまた転びますよ」
「もうエストったら。そんな心配しなくても大丈…きゃぁ!」
そして起こる、少女マンガにでも出てきそうな展開。エスト少年の心配を他所に、ルルと呼ばれた元気っこ美少女は盛大に蹴躓いた。いやしかし、これは美少女だからこそ許される展開なのではないだろうか。例えば私が同じことをしたとしてみよう。
…うん、誰も助けてくれない気がする。自分の想像またの名を妄想に軽く凹む視界の隅で、ふわりと桃色の髪と暗色のローブが舞う。
「おっと、危ない」
「って、何で俺を押し出すんだおいコラアルバロー!」
自分が助けに行けば良いものを、あろう事かアルバロ氏は直ぐ傍らにいたラギの背を押して、ルルが倒れこむであろう予測地点へと彼を押しやった。その顔がとてつもなく楽しげであったのを私は確かにこの目で見た。そっと目を逸らして見なかったことにする。
アルバロ、と呆れたというか困ったというか。微妙なニュアンスを含ませて呟くのはビラールで、エスト少年は明らかに呆れたようにため息をついていた。
あんな美少女を受け止められて、役得といえばそうなのかもしれないけれど…。何の準備も無く押し出されたら共倒れすること間違いなしだろうに。
予想通り、ルルの持っていた荷物が宙を舞いどすんと鈍い音が二人分。とても痛そうな音だった。アレだけの勢いで突っ込めば双方それなりのダメージに違いない。そう思ってそろりと目を向けた先にはもくもくと立ち上る白煙。
……白煙?
「え、なんで?」
呆然と呟く私の耳に、先ほどまで存在していなかった甲高い喚き声が届いた。
「アルバロテメー!」
「ご、ごめんね、ラギ」
おろおろとルルが謝る。その腕には赤いドラゴンのぬいぐるみが抱かれていて、しゃべって動くなんて良く出来たぬいぐるみだと思わず感心した。しかし一体いつの間に現れたんだろうと首を傾げる私の隣で、アルバロ氏が楽しげに笑っている。そういえばルルを助けるために犠牲となったはずのラギの姿が無い。
きょろきょろとあたりを見渡してみるものの、有るのは散らばった書籍ばかりで潰れた人影は見当たらず。あれ、と首を傾げる私にアルバロ氏が声をかけてくる。
「ちゃん何か探し物?」
「や、ラギ君は何処にいったのかなって思って」
「ラギ君なら直ぐそこにいるじゃない」
「え、いないよ。何処?」
「いるよ。君の目の前に」
アルバロ氏が長い指で指し示す先にいるのはルルと、ルルに抱かれたままバタバタと暴れて喚く赤いドラゴンのぬいぐるみだった。
……いやまさか。そんなばかな。
そろりとアルバロ氏を見上げれば、彼はその無駄に整った顔ににっこりと笑顔を浮かべた。頬が引きつった。この世界では人間がぬいぐるみに変わることも日常茶飯事的にあるのか。
ルルの側に近づいて、恐る恐るぬいぐるみの頬をちょんとつつくと、うらみがましげな目で睨まれた。
「ラギ君?」
「何だよ」
本人が認めてしまっては覆しようがない。乾いた笑いを一つ漏らした。
H22.10.17