珍しい事が起こっていた。否、これから起こるようだった。
来客の少ないこの島に、帝都の人間がやってくるのだそうだ。
いつものように朝食の支度に取り掛かっていたはルックにそういわれて、いつぞやのように包丁を取り落とした。それくらい珍しいことなのだ。
あの時のように指を切る事こそなかったものの、危うく足の上に落とすところであった。ドキドキと鳴る心臓を押さえながら、足元に落ちた包丁を拾い上げる。
「お客さんが来るの? ここに?」
「そう」
「珍しいね」
「まあね。レックナート様の星見の結果を取りに来るんだってさ」
僕らにはあまり関係ないけどね。そういってルックは踵を返した。その背を見送り前に向き直りながらは少しだけ憮然として思った。来たのなら朝食の支度を手伝ってくれても良いのに……。
この島を訪れた使者と名乗る人物たちは、全部で六人だった。
顔ぶれはわりと若い人たちが多い。中にはやルックと同じくらいの年の少年もいた。
塔の高い位置の窓から見下ろしていたは、クレイドールを仕掛けるルックを見ながら苦笑を零す。そうしていると偶然見あげたらしい赤い着衣の少年と目が合った。
「あ……」
微笑まれて思わずひっこむ。隠れなくてはならないことはないのだが、なんとなく。反射的にやってしまうのが人というものだった。
しばらくして再び身を乗り出して窓の外を見るが、少年たちの姿は見付ける事が出来なくなっていた。クレイドールを倒し、先へと進んだのだろう。
先程ルックは、彼らはレックナートの星見の結果を取りに来るのだと言っていた。わざわざこのような所まで、ご苦労な事だと思う。ここまで来るのは大変だったろうに。
最近知ったことだったが、この島は帝国領にありながらも本国からは随分と離れている。やルック、レックナートのように魔術を使う人間はテレポートで移動することも可能だが、そうでない人の場合ここまでくるには船や竜を使うほか手段はないだろう。彼らがどうやってここまでやってきたかは知らないが、大変だったろうと想像はつく。
ただでさえ、この島全体には結界が張り巡らされているのだから。
部屋を出ると不機嫌な顔をしたルックが扉の前に立っていた。
「どしたの?」
「別に」
「機嫌悪い?」
「なんで」
「そんな顔してるから」
ルックの眉間に人差し指を当てて指摘すると、ルックはその手を掴みながらちらりとを見た。
何か言いたげな顔して見詰めてくるルックに、は何? と首を傾げる。
「君さ、アイツと知り合い?」
「は? アイツって誰?」
「と言うやつ」
「って誰?」
「違うか……」
「ってちょっと、独りで納得してないでよ!」
踵を返して去って行こうとするルックを訳がわからずは呼び止める。独りで勝手に納得していかないで欲しい。
呼び止められたルックはやはり少し機嫌の悪そうな顔で、何と返した。
「ね、何? どうしたの。もしかして機嫌が悪いの、そのって人のせい?」
「さぁね。君には関係無いよ。それよりは部屋で大人しくしてなよ」
「どーして?」
「どうしても」
憮然としたルックの言葉に釈然としないまま、それ以上ルックの機嫌を損ねるのも得策ではないと考えたは言われたとおり大人しく自分の部屋へと向かった。その途中、レックナートの部屋に向かっていたのだろう、先程の一団と遭遇した。
「「あ」」
思わず上げた声が被る。と同時に声を上げたのは、先程と目が合った赤い着衣の少年だった。もしや彼がなる人物なのだろうか。
「君はさっきの子だよね。名前なんていうの? あ、僕はっていうんだ」
「え……あ、始めまして。私は……って、わっ」
自己紹介をしようとしたところ、背後から引き寄せられては仰向けに倒れ込んだ。が、丁度良い位置にルックが立っていた為抱き留められて事無きを得る。
「ちょっとルック、何するかなぁ」
そのまま見あげて文句を言うと、じろりとルックに睨まれた。
「人の言った事ちゃんと聞いてなかった? 僕は部屋に引っ込んでろと言ったはずだけど?」
「聞いてたよ。だから部屋に行こうとしたら、君たちと出会ったの」
「……」
「やあ、君は確かルック、だったかな。さっきはクレイドールをありがとう。でもどうせ出すならもっと倒しがいのある奴を出してくれればよかったのに」
の言葉に、多分付き人なのだろ。金の髪の青年がおろおろと坊ちゃん! とを呼んでいるが、彼はさらりと無視をしていた。その隣りではと同じ年頃の少年が可笑しげに笑っている。
「あんたがレックナート様の客人だから手加減してやっただけだよ。あんまり自分の力を過信し過ぎない方がいいと思うけど?」
「「……」」
はあくまでにこやかに、ルックは挑発的に。笑う二人の間に冷たい空気が流れた。
どうやらこの二人、あまり馬が合わないようだ。
そんな二人を交互に見やって、悟られぬようは小さく溜息を吐いた。
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