少年と少女が出会ったのは、冷たい冬を終え暖かな春が訪れはじめる頃だった。
ハルモニアの神殿からレックナートに連れられて、魔術師の島と呼ばれるところに来た少年は、天まで届かんばかりの高い塔の中一人の少女と対面していた。
レックナートの長いローブの裾に隠れるようにして自分を見ている。
小さな背中から零れ落ちる髪の色は柔らかそうな栗色で、脅えたように少年を見る瞳は透き通った空の青だった。
「」
レックナートに名を呼ばれた少女はおずおずとローブの裾から姿を見せる。
小さな手は自分の衣服をぎゅっと強くつかみ、青い瞳は戸惑いがちに伏せられていた。
少年はそんな少女を見て、少しだけ近くに歩み寄る。
「彼はルック。今日から共に、ここで暮らして行く事になります」
レックナートの言葉に少女―――は驚いたようにレックナートを見あげ、そのまま視線をルックに向けた。
ルックは翡翠の瞳でじっとを見る。
は青い瞳でルックを見て、それからルックの右手へと目を向けると小首を傾げた。
ふっくらとした唇が小さく動く。風、と。けれど言葉は声にならず、音として三人の耳に届く事はなかった。
その様子にルックは不思議に思いレックナートを見るが、彼女はただ衣擦れの音を響かせるだけだった。
「ルック。と共に学びなさい。この島は閉ざされた場所なれど、あなたがいたあの場所よりは学べる事も多いでしょう」
諭すようなレックナートの言葉にルックとは頷いた。
「僕はルックだよ。君は、でいいの?」
ルックの問いかけにはぎこちない動作でコクンと頷いた。栗色の髪が背でふわりと揺れる。
「。ルックを部屋に案内してあげてください」
レックナートの言葉には再び頷いて、ルックの腕を引いた。
こっち、と誘導するようにルックの腕を掴んだまま前を歩く。レックナートが居る場所から少し離れた所まで来たとき、ルックはに問い掛けた。
「しゃべれないの?」
の足がぴたりと止まり、ゆるゆると振り向く。
向けられた青い瞳には困惑の色がありありと見て取れた。
ルックの腕を掴んでいたの手から力が抜け、するりと外れる。少し躊躇うようには胸の前で右手を握り締めて、それからそっとルックの手を取った。
「?」
疑問符を浮かべて取られた自分の右手を見つめるルックの前で、は彼の手のひらを受けに向けさせる。そうしてそこに自らの指で何かを綴った。
かゆいようなくすぐったような感触にルックは思わず手を引きかけて、堪える。不安そうにルックを見あげたに大丈夫だよと答えると、伺うような視線を向けていたは再び視線を落とし、小さな指先でゆっくりと手の平に文字を描いた。
彼女の意図するところがつかめて、ルックは大人しく書かれる文字を目で追った。
『まえはできた。いまはできない。できなくなった』
前はしゃべることができたけれど、今は出来ないと。彼女はそう告げた。
「前はしゃべれたの?」
『うん』
短く綴られたは肯定の言葉。
幼い思考でルックは考えた。
もしかしたら何かにとってとてもショックな事があったのかもしれない。それで口が 聞けなくなってしまっているのかもと。
だからルックはそれ以上の問いかけをしなかった。
そのまま黙って歩き出したに着いていき部屋まで案内をしてもらい、別れ際に礼を告げたがはにこりとするでもなく、表情を変える事がないまま姿を消した。
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