16.



夜が訪れて生き物が寝静まった刻限。
幼い子供らしく早々に眠りに付いたセラの傍に居たは立ち上がって、ルックの部屋へと向かった。
「起きてる?」
「起きてるよ。何?」
扉を開けるとランプの灯かりで読書をするルックが居た。最近視力が落ちた気がするといってたが、これが原因なのではないだろうか。
言ったところでルックが素直に聞き入れるとは思えなかったので、はルックの隣りに腰をおろした。
「何見てるの?」
「いつもと同じ。紋章術の本だよ。気になったことがあって……君の一度読んだ事があるだろう?」
「ん、あるかも」
覗き込んで曖昧に返事をし、そのままルックの肩にこつんと頭を乗せた。
そんなに構うことなく再び読書を開始したルックだったが、しばらくしてぱたんと本を閉じた。
もうお終い? そう尋ねるに、頷いてルックは一度視線を落とす。
 何か思いつめたように、ルックはの名を呼んだ。
「……
「うん?」
どことなく真剣なルックの声に頭を持ち上げて隣りを見ると、やはり真剣な顔をしたルックと目が合った。何かを告げるように、どくんとの鼓動が一つ鳴る。
「どう、したの?」
吸い込まれるような翡翠の瞳に声が掠れた。
 躊躇うように、逡巡するようにルックは瞳を伏せる。
「君に……話しておきたい事があるんだ」
「どうしたの、そんなに改まって」
意を決したようにルックは伏せていた瞳を上げた。
その後、ルックに告げられ突きつけられた現実は。にとって衝撃の一言でしかなかった。

かざされたルックの手の平に現れる球体。その中、白乳色の液体の中にゆっくりと回転して浮ぶモノ。人間のパーツ……。
目や鼻、口。手、足、臓腑。様々なものが小さな球体の中に入り交じるように、浮かび上がっていた。そしてルックは言った。これが自分の真実の姿であるのだと。
顔から血の気が引いた。思わず口元に手を当てる。
目の前に浮かび上がるものに対しての生理的嫌悪。喉が引き攣る。込み上げてくる吐き気を堪えて、涙を称えた瞳でルックを見た。
「……ほ、んと?」
「真実だよ。これが僕の、姿だ。紋章を核として生きている、ただの人形」
「ハルモニアの……ヒクサクが作った……? ルック、を……?」
「そう」
「そんな……」
「気持ち悪い? 僕が」
自嘲気味なルックの笑みとともに、シュンと音を立ててそれは消えた。
は耐え切れなくなってルックを抱きしめた。突然の事にルックはを抱き留めたままの体勢で床に倒れこむ。
「っ、?」
は激しく首を振って、ルックを抱きしめる腕に力を込めた。
「そんなの……そんなの知らないっ! それでも、私は……っ。私は、ルックが好き、だから……」
鳴咽交じりに切れ切れには言った。
たとえ作られた人であったとしても。今見せられたものがルックの真実の姿であったとしても。はルックが好きだ。昔から、ずっと変わらない。変える事が出来ない、この気持ちだけは。
 そして彼が、望む道を共に歩きたい。その先に何があったとしても。
「一緒に行く……ルックの傍に居たい」
「ありがとう……
声が震えた。
本当は怖かった。に真実を告げて、自分から離れていかれる事が。
だから。どうしようもなく、目頭が熱くなった。
を抱き締め返して、ルックは固く瞼を閉じた。




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