14.



 ハルモニアに幼い少女が捕らわれている。
 レックナートからその話を聞いたとき、は確信していた。恐らくルックはその少女の元へ向かうのだろうと。
 何故そう思えたのかは簡単なことで、ルックはかつてハルモニアに幽閉されていたからだ。その少女と自分とを、ルックは重ねあわせたに違いない。
 窓も無く光もささず。真白い部屋の中、誰と会話を交す事も無く。孤独で居る事を強要される。それがどれほど苦痛なことであるのか、には想像がつかなかったがルックからしてみれば想像に難くなかった。
「……行くの?」
 後は何も聞かず。それだけを訪ねてきたにルックは頷く。
 一年前、短く切ってしまったルックの髪が風にそよいだ。風はの元まで届き、長く伸びた栗色の髪を静かに揺らした。
「気をつけてね」
 ハルモニアはとても危険な国だから。どうか見つかることがないように。
 ルックに声を掛けて、は思う。自分は何時も彼を心配してばかりだ。そしてルックは逆の事を思っていた。いつも には心配をかけてばかりいる。
「大丈夫だよ。僕はそんなヘマはしない」
 ああ確かにそうだ。
 自信に満ちたルックの言葉に、は笑みが零れるのを感じた。
 そうだね。頷いて、しっかりと手を握る。
 淡い光が生まれ、ルックの身体を包み込んだ。の手からルックの温もりが消えるのお同じくして光は消え去る。ルックの姿はの前からいなくなっていた。

 ハルモニアの神殿に捕らわれていたのは、レックナートの言うとおり幼い少女だった。
 まだ五つになるかならないか。その辺りの年頃だろう。丁度ルックがここに居た頃と同じくらいだと思われた。
 プラチナブロンドの髪と青い瞳を持つ少女の顔は人形のように整っていた。
 水のように深く青い瞳は感情を宿さない。
 少女は驚くでも、怖がるでもなく。突然の侵入者であるルックを見つめていた。まるで昔の自分を見ているようだと、ルックは内心苦笑を零していた。
「はじめまして。僕はルック。君の名は?」
「……?」
 ルックの問いに少女は首を傾げる。はらはらと音を立てるように、プラチナの髪が揺れ動いた。
 青い瞳はルックい向けられたまま。質問の意味がわからないといわばかりだ。
 座り込んで見あげたまま、ただひたすらに首を傾げて見つめてくる少女にルックはやれやれと肩を竦めた。名前が無い、なんてことは無いだろうけれどいつまでもこうしてはいられない。ルックとしてはさっさとこんな場所から立ち去りたかった。神殿の人間に気付かれては厄介だし、自分にとってもここはいやな思い出の残る場所だから。
「用件を簡潔に言うよ。僕と一緒においで」
 かつて師がそうしたように。
 少女の瞳を真っ直ぐに見つめたまま、ルックは手を差し伸べた。

 ルックが戻ってきたのは、翌日の夜だった。
 心配して眠れずにいたは、突然自分の部屋に現れた覚えのある光にただ安堵の息を漏らした。薄い夜着一枚だったため、手近なショールを身体に巻きつけて光の元へ走る。足首でシャランと銀鎖が揺れた。
「ルック!」
 名前を呼んで駆け寄ったルックの足元に少女が隠れているのを発見して足を止める。
 可愛らしいというよりは、子供であるのに綺麗と形容するのが相応しいと思わせる容姿の少女だった。色の薄い肌にプラチナの髪。と同じ青い瞳は違う深みを持っていて、どちらかといえば水の色に似ていた。
「この子が、そう?」
 脅えさせないよう、目線を合わせるように膝を折って笑いかけた。
「始めまして。私は。あなたの名は?」
 少女はルックに尋ねられた時のように首を傾いだ。その反応にを始め、ルックはおやと思う。
 もしかして、この少女は……。
「自分の名前がわからない?」
「……わたし、は」
 言ったきり口をつぐみ黙り込む。やはり分からないらしく、少女は俯いた。
「そっか。じゃあ……あなたの名前は私があげる。あなたの名前は今日からセラよ」
「セラ? それがわたしのなまえですか?」
「そう。セラ。気に入らないかな」
の言葉に少女はふるふると首を振った。
 少し頬を赤く染め、セラと繰り返す。そうしている様は普通の子供の反応となんら変わりが無いように思えた。
 そして少女はその日から、セラという名を戴く事となった。




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