13.



 解放戦争からおよそ三年後。
 再び、戦が始まった。
 ハイランド軍とジョウストン都市同盟との戦だ。くすぶりはずっとあったものの、ここまで大きな戦火を引き起こした最大の要因は……二つの紋章だった。
 始まりの紋章と呼ばれるそれは、真なる27の紋章の一つだ。現在それは二つに別れていて、一つは輝く盾の紋章とよばれ、もう一つは黒き刃の紋章と呼ばれている。これはこの世界の創世神話にも記されているものだ。
 盾と剣の紋章は引き合い反発する。歴史の流れの中、それらは幾度と無く互いを敵とし争い続けてきたのだろう。
「紋章……そう言えば前の戦の時も、君が紋章を宿してたんでしょ?」
 後々聞いた話によれば、は解放軍のリーダーを努める事になる前に、彼が親友と呼んでいた人から紋章を預かっていたのだそうだ。それはソウルイーターと呼ばれる紋章。魂を喰らい、糧とする。忌まれるものだった。
「思うんだけど、戦争が起こると必ずといっていいほど真の紋章が絡んでくるよね」
「まあ……そうだね」
 のほぼ確信を突く言葉に、ルックは曖昧に頷いた。
 紋章を基盤とする世界にあって、それは天意なのだ。人の意志で動いているようであっても、その真実。全ては世界に躍らされている。神の具現とも言われる、紋章たちに。
 ルックは深々と溜息を吐いた。所詮自分たちもそうなのだろう。
「紋章ね……。そういえば私のもってる紋章って何なんだろ」
「今更……」
「やっぱり今更だよね。でも知らないんだよ、私。長は私にこれを託してただ逃げろって言っただけだし」
 紋章の事など誰も教えてくれなかった。だからは自身が宿す紋章については無知だった。名前さえも知らない紋章。どんな力を持つのかも、分からない。ただ存在するだけの紋章。
 それ故に、一度も紋章を使ったことはなかったけれど、はそれでいいと思っている。紋章など、本当は人の身に余るものなのだから。
「困らないから別にいいんだけどね。私は戦争に参加したりしないし、たとえばしたとしても他の紋章でなんとか出来るし。そういえばルック、また戦争に参加するんだよね?」
 確かめるように聞いたの言葉に、ルックはしぶしぶといった様子で頷いた。今回もどうやら乗り気ではないようだ。とはいえ乗り気で戦争に参加する人間なんてそうそういないだろう。いるとすればそれを生業としている傭兵くらいのものだ。
「怪我しないでね。絶対に……死なないでね」
 祈るような、願うようなの言葉にルックは静かに頷いた。

 統一戦争とされるこの戦が終結した時、は同盟軍の本拠地まで単独で迎えに来た。すでに人が去り、閑散としたホールに光とともに姿を現したにルックは苦笑を禁じえない。
「なんでそんな顔してるんだよ。昔から泣き虫なところは変わらないよね」
「心配だったんだよ。だって……沢山、人が死んだ」
「戦争だからね」
「わかってる」
 でも無事でよかった。そういって微笑んだはルックに手を差し出した。
 帰ろう。そう告げてルックの手を取る。
 暖かな互いの手の温もりに安堵する。そのまま二人は住み慣れた場所へと帰って行った。

 とルックの距離は昔から少しも変わる事がないままに、この頃既に二人が出会ってから十年もの歳月が流れていた。




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