Prelude ―序曲―

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 空から舞い落ちる雪は次第に勢いを増していく。
 いつしか日も落ち薄暗くなっていた路を歩きながらアスランは空を見上げた。半日ほど仕事を放り出してしまった。戻ったら口うるさい同僚に責められるのが目に見えるようで、城に向かう足が意識せず重くなる。とはいえ、城仕えの自分が戻らないわけにも行かずアスランは鬱屈としたものを晴らすように真っ白な息を吐き出した。
 その間にも視界は白い欠片がはらはらと舞い落ちて、自分や幼馴染の髪や肩に纏いつく。
「…これは積もるな」
「そうだね」
 雪が降り始め日も落ちたとおりは人通りもまばらだ。明日の朝にはこの石畳も家々の屋根も白に埋め尽くされていることだろう。

 プラントは四季のはっきりとした国ではあるが、寒暖はさほど激しくなく一年を通して割と過ごしやすい気候の国だ。春になればアーモンドの花が咲き、夏にはからりと空気が乾く。しかし暑さは厳しくは無く、短い夏の後すぐに秋がやってくる。秋が過ぎればもちろん冬が訪れるが、雪の降るのも僅かな間で。積もった雪が全て溶けると再び春が巡ってくる。
 次の春が巡ってくるまでに、果たして消えた女王は戻ってくるのだろうか。
 そんなことをふと思うアスランの前を歩いていた幼馴染がふいに振り仰いだ。
「反対しなかったよね、アスラン」
「は? 何だ行き成り」
 前触れ無く放たれた言葉の意味不明さに、アスランは軽く眉を寄せる。
「ほら、彼女。ほづみを家に泊めるって…いつものアスランだったら止めそうだなぁって思って」
「ああそのことか」
「ダメだって言われると思ったんだよね、僕。だからちょっと拍子抜けしたっていうか…」
「止めたところで聞かないだろう、お前」
「それはそうなんだけど」
 ああやっぱり。
 キラとは付き合いの長いアスランである。彼の思うところなど全て見通している。あの時止めたところでキラは聞く耳を持たなかっただろうし、ただあの時不思議とアスラン自身止めようとは思わなかった。というか、そう思うこと自体失念していたというか。今思い返してみれば全く持って不思議な話だ。
 アスランが止めなかったことに不満を感じているのか、それとも見通されていたことに不満を感じているのか。少しばかり不服そうな顔をするキラに、アスランは続けた。
「…俺にもよくわからないが、ただ……放っておけないとは思ったな。あのまま見捨てたらいけないと」
「声が似てるから、とか?」
「は?」
「いやほら、ほづみの声。ラクスに似てたじゃない?」
 確かに似てはいる。ほづみのほうが少し低めだし、ラクスはもっとおっとりとした喋り方をするが…。
 しかしそれが理由、というわけではないような気がする。多分。アスランにもよくわからない。
「そういうわけでもないさ」
「ふーん」
 頷いたきりキラはそれ以上何も聞いてこなかった。アスランも特に話を続けようとはせず、二人はしばらく無言で城へ続く街路を歩いた。
 小一時間ほど歩いたところで、城へ続く細い路が見えてきた。ゆるくくねるその路を登ってゆけば城門にたどり着く。
「なんかやっと着いたって感じ」  疲れたわけでもないだろうに軽くボヤきながらキラは肩をすくめた。
 とりあえずは戻ったら上司に報告をしなくては。あとは…仕事を途中で放り出した始末書を果たして何枚書かされることになるのやら。
 門兵に見送られ城門を通りながらもう一度、雪の空を仰ぐアスランだった。