信じてもらえるとは思って居なかった。信じて欲しいとも思って居なかった。ただ頭ごなしに嘘だと言われたらたぶん傷ついただろうけど。
ほづみの話を聞いて、キラもアスランも決して笑ったりしなかった。嘘だろう、とも言わなかった。
多分こことは別の世界からきた。そう告げる彼女に、二人は驚いた顔はしていたけれどそれぞれ思い当たることがあったのか頷いて、ほづみの話を黙って真摯に聞いてくれた。
何故そう思ったのかはほづみ自信よくわからない。けれど間違ってはいないことは確かだと、ほづみの中の何かが告げていた。そもそも現代で、平然と剣を所持して歩いている人も、今ほづみが着ているようなドレスローブをまとう人間もいない。この家に連れてこられて居間に入ったほづみは、さりげなく部屋全体を見渡してみたが知らないものが沢山あった。小さなテーブルに置かれている何の変哲も無い本でさえ、ほづみからしてみたら未知のものだ。そう文字が。見たこともない形をしている。そういったものを全て繋ぎ合わせて答えを出すと、ここはほづみの居たところとは違う世界。異世界。そういうことになるのだろう。少し安易かもしれないが。
全て話し終えたほづみは、二人にここのことを聞きたいといった。ここはなんと言う国なのか。どういうところなのか。キラとアスランは、何故剣など持っているのか。
ほづみに分かりやすく噛み砕いて話をしてくれたのはアスランだった。
ここは、プラントという国の首都アプリリウスという場所であり、キラとアスランは女王付きの騎士なのだそうだ。剣を持っているのは言うまでもなく、戦うため。何故女王付きの騎士が街中をうろついていたのかと訊ねると二人とも言葉を濁したが、隠しても仕方ないと悟ったのだろう。すぐに理由を話してくれた。
一月ほど前から女王ラクス・クラインが行方不明なのだと。キラとアスランは彼女の行方を探るため、町の中を歩いて情報収集をしているのだという。
「何かつかめるかもしれないし、」
「無駄、かもしれないが。何もせずにはいられないからな」
「そっか。…見つかるといいね」
アスランとキラは何も言わず微笑をして見せただけだった。
一通り話を終えるとほづみは今自分が置かれている状況がどのようなものなのか、だんだんと冷静に見つめなおすことが出来た。こことは全く別の世界から来てしまったこと。
行く当てもなく、これから先どうするべきなのか。身の振り方を決めなくてはならない。とはいっても此方に戸籍もないほづみが果たして働くことなどできるのだろうか。
まさかそんなことまで二人に頼るわけにもいかないし。アドバイスを聞くくらいなら可能だろうが…。
ぬくぬくと暖かいソファに埋もれて頭を悩ますほづみに、キラが笑いながら言った。
「とりあえずはさ、家にいなよ。母さんも、普段話し相手がいなくて寂しいってぼやいてたから喜んで受け入れてくれると思うよ。先のことは、またこれから考えていけばいいよ」
「そうだな。俺たちも一度城に戻らないとまずいし…」
「そうだよね、仕事途中で抜けてきちゃったんだもんね。まあ文句言うのはイザークぐらいだろうけど…」
ちらりと窓の外へ目を向ければ、いつの間にかちらちらと白い雪が降り始めていた。
「あ、雪…」
「降ってきたね。根雪になるかな?」
「早いとこ戻った方が良いな」
「うん。ちょっと待っててね、母さんに話ししてくるから」
立ち上がって今を出て行ったキラの背を見送ってソファに身を預けていると、眠気が襲ってきた。慌てて振り払うように頭を振っていると、アスランが訝しげな視線を送ってくる。
「どうかしたか?」
「う…眠くなっちゃって…」
「寝て構わないぞ。多分キラももうしばらく戻ってこないだろうし、起こしてやるから」
それでも流石に遠慮する気持ちはあるのか、ほづみはしばらく考え込んでいたようだったが、どうしても眠気が勝ったらしい。ややって上目遣いにアスランを見て、聞き返した。
「…いい?」
「ああ」
「ありがと」
そのまますぐに寝息を立て始めたほづみにアスランは苦笑を漏らして、薄い毛布を一枚かけてやった。
出逢ったとき、血の気のうせた真っ白な顔をしていた。唇は紫に変色するほどに、凍えていたのだろう。今は湯を浴びて、暖炉の火に当たりすっかり体の暖まったほづみの顔色はとてもいい。こうしてみるとそれなりに可愛らしい顔立ちの娘だと思う。年のころはそう、自分と同じほどか。もしかしたら一つ二つ上かもしれない。無邪気な寝顔を眺ねてアスランは表情を緩ませる。
全く今日知り合ったばかりの男の前で眠ってしまうなんて、無防備な。そう思うけれど不思議と不快感はなかった。
その後、アスランが言うとおりキラが戻ってくるまでに多少時間を要した。それというのもカリダがほづみのことをキラの恋人だと思いこんでいたらしく、誤解を解くのに手間が掛かったのだ。なんだか疲れきったキラが今に戻ると、ぐっすり眠るほづみとその傍らに座る親友の姿があった。
「あれ、寝ちゃったの?」
声を潜めてキラが聞くとアスランは小さく頷く。すやすやと気持ち良さそうに眠っている彼女を起こすのは忍びない。
「起こしたらかわいそうだよね。でもこのままここで寝てると風邪引いちゃうだろうし…」
「客間に運んでやるか?」
「そうしようか」
頷いたキラはそっと体の下に手を差し込んで毛布後とほづみを抱き上げると、客間へと運んでいく。いつ誰が着ても構わないようにと整えられたベッドに寝かせつけるとアスランと顔を見合わせて、音を立てないよう部屋を出た。
絨毯の敷き詰められた廊下に靴音は吸い込まれていく。居間へ続く扉を開けると、中から不思議そうな顔をしたカリダが姿を見せた。今に誰も姿もなかったためだろう。
「あら…キラ、ほづみさんは?」
「うん、なんか疲れて寝ちゃったみたいだから客間に運んで来た」
「そう…」
「僕たちもう行かないと行けないから、あと頼むね」
「お願いします」
息子とその友人に頼み込まれて、カリダは刹那目を丸くしたがすぐにくすくすと笑みをこぼして頷いた。
「ええ、任せて頂戴。しっかりおもてなしをさせてもらうわ」
軽くウィンクまでしてみせるお茶目な母親に、先ほどの誤解はどうやらいまだ解けていないらしいことを悟ったキラと、励ますように肩に手を乗せたアスランだった。
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