異邦人 Second impression

 ぽんとあてがわれた女子寮の一室。着の身着のまま召還されてしまった私は、当然の事ながら持ち物が少なく、唯一の所有物といえば着ている服と持っていたバッグ、その中身くらいのものだ。普通寮に入ったらまずやることといったら部屋の片付けなのだろうけれど、片付けるほどの荷物を持っていない私はがらんとした殺風景な部屋の中。申し訳程度に置かれたベッドに座ってぼんやりと天井を眺めた。

 ミルス・クレア魔法院に召還された翌日の事だ。やることも無く、というよりは何をして良いのかも分からず部屋に引き篭もって自分の不運をこっそり嘆いていた私の元に赤い蝶々がひらりと飛んできた。綺麗だけれど何処と無く毒々しい色の蝶々にビビッていたら、それはふわりと一通の手紙へと変わった。
 手紙には流麗な文字(多分)で何事かが記されていたのだが、それが英語か何か。とにかく私の読める文字ではなく、渋面で睨めっこをしていたら見る見るうちに文字の形が変わり慣れ親しんだ日本語へと変化した。
 これが魔法か! と感激し興奮冷めやらぬままに文字を読み進めると、手紙の内容はヴァニアからの呼び出しで、私は慣れない女子寮から校舎へと繋がる鏡をおっかなびっくり潜り抜けると学長室へと向かった。途中道が分からなくなり小一時間ほど迷子になったことも記しておこう。通りかかった、ちょっと変わった髪形の親切な少年が助けてくれた。感謝だ。

 呼び出しの内容はこの学院での生徒としてどう過ごすかということだった。簡単に言えば学校の転入手続と説明のようなもので、彼ら曰く。明日から私もここの生徒として過ごして欲しいとのことだった。
 ただ今の私には魔力というものが備わっていない為、他の生徒たちとは別の特別教室というところで授業を受けなくてはならないらしい。魔法の基礎を学び、素質があるようなら一般の生徒と同じ教室へ移動することになるのだそうだ。
 ぶっちゃけた話。
 絶対に無理だろうと思う私である。
 だって魔法なんかとは完全に無縁の世界に生きてきた人間が、実は魔力もバッチリ備えていて魔法使いの素質アリでした、なんて都合のいい展開あるわけがない。どんなサクセスストーリーだ。
 そしてそれは、明日からの授業で身に染みて実感することになるのだが、今の私にはまだまだ未知の話なのであった。


 溜息一つ。
 ヴァニアから渡された制服一式を手にとって見る。この年になってコスプレもどきな制服を着ることになるとは思っても見なかった。人生いつ何が起こるか本当に分からないものである。
 真っ黒なローブにひらりと裾の広がるスカート。ミニで無いことだけがまだ救いだ。腰を締めるコルセットは前身ごろで編み上げになっていて、体系がバッチリ目だってしまいそうだった。
 出来るなら着たくは無い、が。妥協は必要なのだろう。
 変なところで反発して学院の守護者たる彼らの機嫌を損ね、帰る方法が分からなくなってしまったらそれこそ元も子もないのだ。
「あぁぁぁぁ」
 意味のなさない声を上げ、仰向けのままベッドに倒れこむ。思っていた以上に柔らかい布団は私の体をふんわりと受け止めて、衝撃を和らげた。


 ベッドの心地よさにうつらうつらとし始めながら、そういえばと思い出す。
 別の世界から来た私はこの世界で通じる貨幣を持ち合わせていなかった。元の世界の通貨なら持っていたが、世界が違えばただのガラクタにしかならないだろう。文字通り今の私は一文無しだ。
 住む場所は確保できた。食事は学院の食堂を使っていいと言われてるので、それも気にしなくていいだろう。
 しかし問題が一つある。衣食住のうちの最初の一つ、着るものだった。
 金が無い=服を買うことが出来ない。つまりずっと同じ服を着続けなくてはならないということになる。自分で言うのもなんだが、これでも年頃の娘なのでそれは勘弁願いたい。昼間は制服で誤魔化せるかもしれないが、オフタイムや休日はそうはいかないし下着類だって必要だ。
「先生に言って借りるしかないのかなぁ」
 なにをって金を、だ。気は進まないが背に腹は変えられない。
 幸いにも違う世界とはいえ言葉は通じる。どこかで雇って働かせ貰って、余裕が出来たら返していけばいいだろう。
 …まさか、規則でバイトを禁止していたりはしない、と思うし。
「……よしっ」
 誰かに聞いてみることにしよう。思い立ったが吉日、行動あるのみだ。
 飛び起きた私は畳まれた制服はそのままに、本日二度目の鏡を潜った。








 玄関へと辿り着くと今は授業中であるのか、人の姿はなかった。
 そうして重大なミスを犯したことに気づく。今のこの時分、誰が何処にいるのかさっぱり分からないのである。
 ミルス・クレア魔法院は広い。ちょっと歩いたら知り合いにぶつかる、なんてそんな確立とてつもなく低い。しかも授業中であるということは、出会う確立はさらに低く。たとえ誰がどこにいるのか分かったとしても授業の邪魔をしてまで聞きに行くわけにも行かない。
「やっちまったい」
 一人呟いて玄関を右往左往する私はさながら不審者だ。どうしたものか。一度寮に戻って放課後になるまで待つべきかと考えていると、玄関の扉が開いた。外に出ていた誰かが戻ってきたのかなと何気なく視線を向ければナイスタイミングと言うべきか、バッドタイミングと言うべきか。アルバロ氏とバッチリ目が合った。
 にこりと微笑まれる。ひくりと口元が引きつる。
 この際だから正直に言おう。
 私はアルバロ氏が苦手だった。何故といわれると上手く説明できないのだけれど、本能的なものとでも言っておこうか。
 それにそもそもの原因を作ったのは彼であるし、苦手意識を持ったところで文句は言われまいし、言わせない。
 しかし今は彼に遭遇できたことを感謝すべきなのかもしれない。アルバロ氏に気づかれないようため息を一つ零した。
「やあ、ちゃん。そんなところで何してるの?」
「こんにちは、アルバロ。何っていうか…強いていうなら探しもの?」
「俺でよければ手伝おうか」
「うーん、どうしようかな」
「そこは素直に手伝ってっていうべきところじゃないの?」
 まあこれがアルバロ氏でなければお願いするところなのだが、何せ私の彼に対しての第一印象は胡散臭い人である。拭い去れないそれがあるから素直に協力を仰ぐ気にはなれなかったのだが。
「まあ、そうだよねぇ。じゃあお願いしようかな」
「それで、ちゃんは何を探しているわけ?」
「私に助言を与えてくれる人を」
「助言?」
「そう」
「……ちゃんてさ」
「何?」
「変わってるって言われない?」
「そんなこと無い……とは言えないかも」
 よく友人にアンタ変!て言われていたことを思い出してそう答えれば、アルバロ氏が噴出した。
「そこ笑うとこ?」
「十分笑うとこだよ。で、ちゃんは一体何に悩んでるわけ? オニーさんに言ってごらん?」
 笑顔で促され、私はしばらく迷った後口を開いた。
「それが、その…どこかでバイトとかって出来ないかなって思って。学校で禁止されてたりとか、する? それだとかなり困ることになるんだよねぇ」
「ああ、なんだ、そんなこと」
 私にとっては死活問題をそんなこと扱いされてしまった。ちょっとむっとする私にアルバロ氏は怖いくらい綺麗な顔に笑顔を湛えたまま続ける。
「学院側で禁止はしていなかったはずだよ。バイトがしたいならイヴァン先生とヴァニア先生に言ってごらん。それにもしも禁止していたとして、君の場合は特殊だから特例で許可してくれるんじゃないかな」
「そうかな。んー…わかった。聞きに行って見る。ありがとね、アルバロ」
「どういたしまして。学長室までの道はわかる? 迷子にならないようにね」
「失礼な。そこまで方向音痴じゃないよ。大丈夫なはずだもの」
 案内しようかとは言ってくれないらしい。私も進んでアルバロ氏に頼もうとは思わなかったけれど。

 そうしてアルバロ氏と分かれて学長室へ向かった私だったのだが、悲しいかな。その後アルバロ氏の忠告も空しく、広い学院の中で迷いに迷い帰り道すら分からず半泣き状態になっているところでエスト少年とバッタリ出会い、呆れられながら学長室へと案内されることになる。






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バイト許可されてるかどうかなんて知りません。
NGだったらどうしよう(笑)

H23.04.29