建物も中もこれまた古めかしいものだった。
時代がかった、といった方が的確だろうか。学校に格子窓なんて、普通ない。
椅子に座ったまままじまじと眺めてしまう私に紫上さんが不思議そうな顔をして、九条君はなんだか笑っている。
「あ、ごめんなさい。つい珍しくて」
そう本音を零すと九条君はとうとう声を立てて笑った。
「いや、気にしないでくれ。さて、早速だがさっきの続きだ」
「はぁ。続き…ですか」
「この郷は少し特殊なんだ。滅多に人が入ってこられない、それこそ隠れ里とさえ呼ばれるほどの山奥にある」
「そうなんですか」
道理でさっき私がいた場所、この里の入り口みたいな門の反対側が鬱蒼と茂る森だったわけだ。あれは入ったら確実に迷う。絶対に出られなくなると思う。
「そんなところに、そんな軽装で現れたあんたは一体何者か。まあ一番気になるのはそれなんだ」
「ああ、まあそりゃ確かに気になりますね」
普通に考えたら可笑しい、有りえないことだ。
面倒くさいとか、信じてもらえるかわからないから、とか言ってる場合じゃなさそうだ。ここはちゃんと説明しないといけない。
それでもしばらく逡巡して、私は九条君を正面に見据えて口を開いた。
「信じる信じないはそちらの自由ですけど、一応説明しますね。テレビが壊れたんです」
私の一言に、紫上さんと九条君は一瞬ぽかんとした表情を見せた。
「…とまあ、そういうわけでして」
さほど長い話でもない。五分もありゃ終わる簡単な説明を聞いて、二人は信じられないという顔をしていた。口元を押さえた紫上さんが小さく呟く。
「転生、なのでしょうか」
転生? 転生とはなんだろう。耳慣れない単語に私は疑問を現すように首を傾げて紫上さんを見る。しかし彼女が説明してくれることはなく、隣で考え込んでいた九条君が言った。
「天魔が見えたということは…それなりの資質を持っているということなんだろう」
てんまとはさっきも聞いた単語だった。どういう字を当てるのか、どういう意味を持っているのか皆目検討もつかないが、普通の人間には”視えない”何かなんだろう。
頷いた飛鳥君が確認するように私に聞いてきた。
「さんはアレが…天魔が見えたんですよね」
「てんま? さっきも言ってたね。それは、あれ? 天に馬と書いて、てんま?」
多分違うだろうなと思いながら聞いてみると、案の定苦笑した飛鳥君が首を振った。
「違いますよ。さっき、朱雀門の前に変な生物がいたでしょう? 異形の姿をしたもの、あれが天魔です。普通の人間には見えないんですよ」
飛鳥君が説明してくれる。さっきのあの見たこともない気持ちの悪い生物が天魔というのか。総称だろうか。
口腔内にずらりと並んだ鋭い牙と、鋭利な爪。向き出しの敵意、殺意。
思い出して思わず身震いする。あれは、あの生物は危険だ。何かがそう告げる。それはきっと生きるための本能。私は別に霊感があるわけでも、何か不思議な力があるわけでもない。ごくごく普通の平々凡々とした人生を送ってきた。そんなものを感知する力なんてないけど、あれが危険な生物であるということだけはよくわかった。
「見える以上郷から出すわけにもいかないしな。郷司には俺から説明しておく。結、さんの転入手続きを頼む」
「はい」
「え、ちょっと待ってください転入って何?」
「それは勿論、郷から出られない以上郷の中の学校に通ってもらうことになるからな。そのための転入手続きだ」
「ちなみにそれは…ここ?」
と床を指差していった。つまりこの高校へ通うのか、とそういうニュアンスをこめてだ。
九条君と紫上さんは勿論、と言った様子で頷いていたのだが。
「…あの、私一応大学生なんですが」
何を隠そう立派な二十代っである。
そのときの三人のきょとんとした顔は、しばらく忘れられそうに無い。
まあ何はともあれ。この郷に来たのも何か縁があってのことなのだろう。
最後にはそう結論付けられて、帰る方法が見つかるまでの間。私はここ、天照郷で御世話になることになった。