恋の開戦
合図
運命だと思った。
彼氏居ない暦19年。過去に惚れた相手は同性愛者であったり男勝りな女性であったり既婚者であったり世界を旅する放浪者であったりと、何処までも男運に恵まれない私に愛の女神様が対に微笑んでくれた! 運命の人が現れたんだと思ったの!
彼に出会ったあの瞬間の衝撃といったらもうなかったわ。
こんなに素敵な人…そうまさに王子様と称しても過言ではないほどに素敵な人だった。
濡れ羽色に光る髪。穏やかに細められた、けれどどこか愁いを帯びた真紅の瞳。ほのかに浮かべられた微笑と差し出される手。柔らかな物腰。
彼の姿を見た瞬間、私は今までにないほどの胸の高鳴りを感じたのよ!
「ばっかじゃないの」
恍惚と恋する乙女のように胸の前で手を組み合わせ、熱く語る私に向かって石版守の少年は冷たく一言。言外にもういいからあっちへ言ってくれと言いたげに翡翠の瞳で私を見やってため息をつく。なんだよ冷たいな親友と唇を尖らせて抗議をすれば、彼は「はぁ?」と心底嫌そうに綺麗な形の眉を潜めた。何その反応。流石の私でもちょっと傷つくよ。
むっとする私を他所に面倒くさそうに石版に寄りかかった少年ことルックは、片手で眉間の皺を揉み解しながら言った。
「大声で喚きながら走ってくるから何かと思えば…くだらない。大体アイツとアンタじゃ住む世界からして違いすぎるだろ。天地がひっくり返ったってつりあいっこないね。早いとこ諦めたら?」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
「分からないのはアンタだけだよ。頭弱いんじゃないの。アイツはアンタの手に負えるような人間じゃない」
彼は猛獣か何かか。
にべもなく言い放つルックに心の中で感想を漏らす。しかし取り付く島もないとはまさにこのことか、と項垂れてみてから先ほどのルックの言葉を思い返して首をかしげる。ルックのこの言い方、まるで相手の事を詳しく知っているかのようじゃないか。
もしかしてもしかすると。
「ルックってばもしかして彼の事知ってるの?」
何か情報が入手できるかもしれないと期待に目を輝かせながらの私の問いかけにルックは途端しまったと言いたげに舌打ちをして、先ほどよりも盛大に眉をひそめた。眉どころか顔全体を顰めて下さりやがりました。綺麗な顔が台無しだと思ったけれど口には出さない。出すと後が怖いから。
じっと見つめる私をルックは横目で睥睨して、腕組みをする。
「…知ってたら、何? 悪いけど僕は何も教えるつもりはないからね。知りたきゃ自分で調べなよ」
「えー、意地悪ー。」
「煩い。大体アンタに協力してやる義理もないんだ。当然だろう?」
「酷いなルック。親友なのに」
「誰がいつアンタの親友になったんだ」
「それはもう君と私が出あったその日から」
「冗談も休み休みいいなよ。悪いけど僕は忙しいんだ。これでも魔法兵団隊長なんてものをやってるんでね。早くどっか行ってくれない?」
「うわ、冷たい。いいじゃん少しぐらい私に付き合ってくれたって。それにルック…私の目からは凄く暇そうに見えるけどホントに忙しいの?」
本当に忙しい人間は石版の前を陣取って瞑想なんてしてるわけがない。心の中だけで呟いたはずなのに、知らず口に出ていたようだ。
「…今すぐ切り裂いて欲しいようだね」
凄絶に微笑んだルックに私は首がもげるんじゃないかと思うほど勢い良く首を振った。彼がこう言う時は必ず本気で魔法をぶっ放してくる。それはもう微塵の遠慮も躊躇いもなく。ルックと出会って早数ヶ月、イヤというほどに学んだ。身体に覚えこまされた…というと表現が何かアヤシイ感じだが、それが一番ピッタリ来る表現かもしれない。今も治りきらない傷跡がそこかしこに残っているのだ。一応私も女なんだけど、しかも嫁入り前なんだけど、その辺ルックはわかってるんだろうか。
第一私の言い分は間違ってないと思う。本当に忙しい人って言うのはあちこち飛び回ってる軍主様や日々先の事を考えて思考を巡らせている軍師のシュウさんみたいな人の事を言うんだ。
「いやいやそれは慎んでご遠慮させて頂きたいなぁ。嫁入り前の娘が、好き好んで態々自分からお願いすると思う?」
「全うな思考の持ち主なら思わないだろうね。でもアンタは別だろ?」
「やだなールックってば私を買いかぶりすぎ…ってちっがぁぁう! それ明らかに馬鹿にしてるでしょ!?」
良く分かったねとばかりにルックは口の端を引き上げて意地の悪い、けれど女の私が焼餅を妬きたくなるぐらい綺麗な笑みを浮かべた。
「もういいよ。とにかく! 次にあの人が来るのは軍主様が戻られる今日と見ているのよ。だからルック、その時は頼んだからね!」
「……その時って…何を?」
「だーかーらー」
続けようとした瞬間、空気が揺れた。なんだか不思議な感覚がして、あれ?と思っていたらふいにホールが騒がしくなる。聞き覚えのあるような、ないようなそんな声が幾つも耳に飛び込んでくるのだけれど、肝心の人影もとい声の主は見当たらない。 あれ?ともう一度首を傾げたところで、ホール入口付近にある姿見(とずっと思っていた大きな鏡)がまばゆい光を放った。とっさに目を覆う。
強い光に焼かれて痛む目をぎゅっと瞑って瞬いて、そろりと目を開けた私は心の中で喜声を上げた。口に出さなかったことを褒めて欲しい。
「っ、ルックルックルックルック!!!」
「うるさい。そんなに連呼しなくても聞こえてる」
「あの人! あの人だよ!」
ルックの服の袖を掴んで引っ張って鏡の方を興奮気味に指差す。まだ幼さを残した同盟軍軍主様。軍主様のお姉さんらしき人。それに名前も良く知らない青ずくめの人や熊みたいに大きい人、なんだか軟派そうな人。多種多様な人々に混じって、あの人はいた。
「あー、そう。よかったね。何なら声でもかけてくれば?」
ウンザリといった様子でしかもかなり投げやりな調子でルックが言うが、私はとんでもないと首を振る。
「そんなイキナリ話かけられるわけじゃない!」
自分から進んで話しかけていけるのなら、そもそもルックに協力など頼んでいないのだ。その辺もうちょっと察して欲しいなと思ったところで心を読んだかルックにじとりと睨まれた。
どうしてこんなに勘が鋭いんだろう。
「何でルックはそんなに頑ななの? ちょっとぐらい協力してくれたってバチあたらないのに!」
「アンタこそなんでそんなにしつこいんだよ。何度も言わせないでくれる? アンタに協力したところで僕には何の利もないんだ。それに絶対面倒くさいことになるにきまってる。わざわざ面倒ごとに首突っ込みたくないね。ごめん被る」
そのままつんとそっぽを向いてしまったルックに私は一つの考えに思い至り、もしかしてとルックの正面に回りこんだ。にんまりと笑みを浮かべる。若干ルックが引いていた。
「何その顔」
「もしかしてルックってば親友の私に恋人が出来るのが気に食わないの? あ、もしかして焼きもt「切り裂き」ぎゃぁぁ!! ちょ、本気で放ってこないでよ!危ないじゃない!」
冗談交じりで口にしたら問答無用で本気の切り裂きが発動された。しかも躊躇う様子は皆無だった。いつもの事だけれど。カマイタチにもにたそれが私の眼前を過ぎり、髪が数本ぱらぱらと舞い落ちる。ちょっと、前髪変な形になったじゃない!
「アンタがあまりにも笑えない冗談言うもんでつい、ね」
口の端を引き上げて笑うルックだが目が笑っていなかった。
「ついで済むかー! 前髪超歪になった! 責任取れ!」
「何の責任だよ。前髪くらいそのうち伸びるだろ、アホらしい」
「髪は女の命なの!」
ぎゃあぎゃあ。わあわあとこの後数時間に及びお互い大人げなく(大人じゃないけど!)くだらない言い争いを続けることとなる。ちなみにこの喧嘩勃発事件は昨日今日始まったものではなく、毎日行われる定例行事。私たちの知らないところでは一種の名物になっていたりもするらしいのだが…。それだけならまだしも、例の”彼”にまで目撃されていたことを私はこの時全く知る由も無く。
そんなこんなで私は(切れた前髪の責任を取らせるべく)親友(と勝手に思い込んでいる)風使いの少年を(半ば無理矢理)巻き込んで、今日この日から彼のハートをゲットするための作戦を開始するのだった。
彼氏居ない暦19年。過去に惚れた相手は同性愛者であったり男勝りな女性であったり既婚者であったり世界を旅する放浪者であったりと、何処までも男運に恵まれない私に愛の女神様が対に微笑んでくれた! 運命の人が現れたんだと思ったの!
彼に出会ったあの瞬間の衝撃といったらもうなかったわ。
こんなに素敵な人…そうまさに王子様と称しても過言ではないほどに素敵な人だった。
濡れ羽色に光る髪。穏やかに細められた、けれどどこか愁いを帯びた真紅の瞳。ほのかに浮かべられた微笑と差し出される手。柔らかな物腰。
彼の姿を見た瞬間、私は今までにないほどの胸の高鳴りを感じたのよ!
「ばっかじゃないの」
恍惚と恋する乙女のように胸の前で手を組み合わせ、熱く語る私に向かって石版守の少年は冷たく一言。言外にもういいからあっちへ言ってくれと言いたげに翡翠の瞳で私を見やってため息をつく。なんだよ冷たいな親友と唇を尖らせて抗議をすれば、彼は「はぁ?」と心底嫌そうに綺麗な形の眉を潜めた。何その反応。流石の私でもちょっと傷つくよ。
むっとする私を他所に面倒くさそうに石版に寄りかかった少年ことルックは、片手で眉間の皺を揉み解しながら言った。
「大声で喚きながら走ってくるから何かと思えば…くだらない。大体アイツとアンタじゃ住む世界からして違いすぎるだろ。天地がひっくり返ったってつりあいっこないね。早いとこ諦めたら?」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
「分からないのはアンタだけだよ。頭弱いんじゃないの。アイツはアンタの手に負えるような人間じゃない」
彼は猛獣か何かか。
にべもなく言い放つルックに心の中で感想を漏らす。しかし取り付く島もないとはまさにこのことか、と項垂れてみてから先ほどのルックの言葉を思い返して首をかしげる。ルックのこの言い方、まるで相手の事を詳しく知っているかのようじゃないか。
もしかしてもしかすると。
「ルックってばもしかして彼の事知ってるの?」
何か情報が入手できるかもしれないと期待に目を輝かせながらの私の問いかけにルックは途端しまったと言いたげに舌打ちをして、先ほどよりも盛大に眉をひそめた。眉どころか顔全体を顰めて下さりやがりました。綺麗な顔が台無しだと思ったけれど口には出さない。出すと後が怖いから。
じっと見つめる私をルックは横目で睥睨して、腕組みをする。
「…知ってたら、何? 悪いけど僕は何も教えるつもりはないからね。知りたきゃ自分で調べなよ」
「えー、意地悪ー。」
「煩い。大体アンタに協力してやる義理もないんだ。当然だろう?」
「酷いなルック。親友なのに」
「誰がいつアンタの親友になったんだ」
「それはもう君と私が出あったその日から」
「冗談も休み休みいいなよ。悪いけど僕は忙しいんだ。これでも魔法兵団隊長なんてものをやってるんでね。早くどっか行ってくれない?」
「うわ、冷たい。いいじゃん少しぐらい私に付き合ってくれたって。それにルック…私の目からは凄く暇そうに見えるけどホントに忙しいの?」
本当に忙しい人間は石版の前を陣取って瞑想なんてしてるわけがない。心の中だけで呟いたはずなのに、知らず口に出ていたようだ。
「…今すぐ切り裂いて欲しいようだね」
凄絶に微笑んだルックに私は首がもげるんじゃないかと思うほど勢い良く首を振った。彼がこう言う時は必ず本気で魔法をぶっ放してくる。それはもう微塵の遠慮も躊躇いもなく。ルックと出会って早数ヶ月、イヤというほどに学んだ。身体に覚えこまされた…というと表現が何かアヤシイ感じだが、それが一番ピッタリ来る表現かもしれない。今も治りきらない傷跡がそこかしこに残っているのだ。一応私も女なんだけど、しかも嫁入り前なんだけど、その辺ルックはわかってるんだろうか。
第一私の言い分は間違ってないと思う。本当に忙しい人って言うのはあちこち飛び回ってる軍主様や日々先の事を考えて思考を巡らせている軍師のシュウさんみたいな人の事を言うんだ。
「いやいやそれは慎んでご遠慮させて頂きたいなぁ。嫁入り前の娘が、好き好んで態々自分からお願いすると思う?」
「全うな思考の持ち主なら思わないだろうね。でもアンタは別だろ?」
「やだなールックってば私を買いかぶりすぎ…ってちっがぁぁう! それ明らかに馬鹿にしてるでしょ!?」
良く分かったねとばかりにルックは口の端を引き上げて意地の悪い、けれど女の私が焼餅を妬きたくなるぐらい綺麗な笑みを浮かべた。
「もういいよ。とにかく! 次にあの人が来るのは軍主様が戻られる今日と見ているのよ。だからルック、その時は頼んだからね!」
「……その時って…何を?」
「だーかーらー」
続けようとした瞬間、空気が揺れた。なんだか不思議な感覚がして、あれ?と思っていたらふいにホールが騒がしくなる。聞き覚えのあるような、ないようなそんな声が幾つも耳に飛び込んでくるのだけれど、肝心の人影もとい声の主は見当たらない。 あれ?ともう一度首を傾げたところで、ホール入口付近にある姿見(とずっと思っていた大きな鏡)がまばゆい光を放った。とっさに目を覆う。
強い光に焼かれて痛む目をぎゅっと瞑って瞬いて、そろりと目を開けた私は心の中で喜声を上げた。口に出さなかったことを褒めて欲しい。
「っ、ルックルックルックルック!!!」
「うるさい。そんなに連呼しなくても聞こえてる」
「あの人! あの人だよ!」
ルックの服の袖を掴んで引っ張って鏡の方を興奮気味に指差す。まだ幼さを残した同盟軍軍主様。軍主様のお姉さんらしき人。それに名前も良く知らない青ずくめの人や熊みたいに大きい人、なんだか軟派そうな人。多種多様な人々に混じって、あの人はいた。
「あー、そう。よかったね。何なら声でもかけてくれば?」
ウンザリといった様子でしかもかなり投げやりな調子でルックが言うが、私はとんでもないと首を振る。
「そんなイキナリ話かけられるわけじゃない!」
自分から進んで話しかけていけるのなら、そもそもルックに協力など頼んでいないのだ。その辺もうちょっと察して欲しいなと思ったところで心を読んだかルックにじとりと睨まれた。
どうしてこんなに勘が鋭いんだろう。
「何でルックはそんなに頑ななの? ちょっとぐらい協力してくれたってバチあたらないのに!」
「アンタこそなんでそんなにしつこいんだよ。何度も言わせないでくれる? アンタに協力したところで僕には何の利もないんだ。それに絶対面倒くさいことになるにきまってる。わざわざ面倒ごとに首突っ込みたくないね。ごめん被る」
そのままつんとそっぽを向いてしまったルックに私は一つの考えに思い至り、もしかしてとルックの正面に回りこんだ。にんまりと笑みを浮かべる。若干ルックが引いていた。
「何その顔」
「もしかしてルックってば親友の私に恋人が出来るのが気に食わないの? あ、もしかして焼きもt「切り裂き」ぎゃぁぁ!! ちょ、本気で放ってこないでよ!危ないじゃない!」
冗談交じりで口にしたら問答無用で本気の切り裂きが発動された。しかも躊躇う様子は皆無だった。いつもの事だけれど。カマイタチにもにたそれが私の眼前を過ぎり、髪が数本ぱらぱらと舞い落ちる。ちょっと、前髪変な形になったじゃない!
「アンタがあまりにも笑えない冗談言うもんでつい、ね」
口の端を引き上げて笑うルックだが目が笑っていなかった。
「ついで済むかー! 前髪超歪になった! 責任取れ!」
「何の責任だよ。前髪くらいそのうち伸びるだろ、アホらしい」
「髪は女の命なの!」
ぎゃあぎゃあ。わあわあとこの後数時間に及びお互い大人げなく(大人じゃないけど!)くだらない言い争いを続けることとなる。ちなみにこの喧嘩勃発事件は昨日今日始まったものではなく、毎日行われる定例行事。私たちの知らないところでは一種の名物になっていたりもするらしいのだが…。それだけならまだしも、例の”彼”にまで目撃されていたことを私はこの時全く知る由も無く。
そんなこんなで私は(切れた前髪の責任を取らせるべく)親友(と勝手に思い込んでいる)風使いの少年を(半ば無理矢理)巻き込んで、今日この日から彼のハートをゲットするための作戦を開始するのだった。