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 それはが黒主学園に入学したばかりの頃の話。

「君のために専用の寮を用意したんだよ」
 願ったわけでもいないのに、何故かそんなことを言い出した学園長に半ば無理やり案内されたどり着いたのは、学園の敷地内にある小さな館。小さいといってもそれなりに立派な外観の館と門構えにしばしに呆気にとられながらも足を踏み入れ、寝室だという部屋の扉を開けた瞬間、彼女は固まった。見開かれた真紅の瞳、彼女の視線は部屋の中央にでーんとそびえるあるものに釘付けだ。
「……何、これ」
「えー、何ってちゃん専用の部屋だよ。ここは寝室。気に入った?」
「っていうか…あれは、何?」
「何って、見ればわかるだろ?。君専用のベッドだよ♪」
「ベッドって……ねぇ、理事長。あれ、どこからどう見ても棺桶に見えるんだけど……」
 月明かりのみが差し込む部屋の中。黒塗りの豪奢な棺が蓋を開け、妖しげな存在感をばりばりに放っている。ご丁寧に天蓋までついていて…というよりはもともと天蓋つきのベッドであったろうものを、ベッド部分のみを撤去し残した天蓋の下に棺を置いたとでもいうような。
「(何がしたいんだろうこの人は…)」
 不穏な空気をかもし出すに微塵も気付く様子もなく、理事長はうんうんとどこか誇らしげに頷いている。
「……」
 ひくりとの口元が引きつる。が、やはり理事長はそれに気付かず、上機嫌で喋り続ける。
「だってほら、ヴァンパイアっていったらやっぱり棺だろ?? ちゃん専用に豪華で それでいて優美な装いの棺を手配するのに苦労したんだよ?」
「……(つまりあれの中に入って寝ろってこと?)」
 今時棺の中で眠るヴァンパイアなんて存在しない。…いや、もしかしたらいるにはいるのだろうが少なくともは棺の中で眠ったことなど生まれてこの方一度もないし、彼女が知る同胞たちもそうだ。…これは一体何の嫌がらせだろうか。
 ぐっとドアノブを握る手に力が入る。みしりと音を立てあわやの馬鹿力によって扉ごとノブがえぐり取られようかというとき、遅れてやってきた枢が部屋の前に佇む二人に気付き声を掛けた。
「あれ、。理事長も。どうしたんですか、部屋の前で立ち尽くして」
「っ、枢ー! 理事長がいじめるー!」
?」
 部屋の中央の棺を指差し泣きついたと、棺桶を見た枢の目に底冷えしそうな冷たさが宿った。の背に腕を回した枢が無表情のまま理事長を睨む。
「…理事長」
「え、何々枢君。その爪は何かな?? やだなぁ、ちょっとしたジョークじゃないか!」
「随分と性質の悪いジョークですね理事長。覚悟はいいですね?」
「で、え。ちょっ、ま、ストップ枢君、ストップ!! 爪! 爪喉に食い込んで……っ、ぎゃあぁあーーー!!」
「……(自業自得よね)」
 枢の腕の中で理事長の悲鳴を聞きながら、は他人事のように思った。

 その後しばらく黒主学園で理事長の姿を見かけた人はいなかったとか。