窓の外にはちらちらと白い雪が降り始めている。
暖炉には煌々と火がともされ、部屋の中は外より幾ばくか暖かい。それでも入り込む隙間風は冷たく、何時ものように枢の部屋を訪れていたはぶかぶかの彼のコートを体に巻き付け、さらにその上から毛布を被って部屋の隅で丸まっていた。
吸血鬼であっても寒いものは寒いのだ。昔……どれだけ昔の事かは覚えていないけれど遥か昔、まだ生まれたばかりだったころは寒さなど殆ど感じていなかった記憶があるのに。
「寒い」
鼻を詰まらせてくぐもった声でもらすはとてもじゃないが吸血鬼には見えない。
ぷるぷると小刻みに体を震わせるに堪らず枢は小さく吹き出した。
「あー。枢ひどい。笑った」
そうして不満を述べる声も、やはり鼻詰まりの声で。
ごめんね、と呟きながら枢はの隣りにしゃがみこんだ。
「そんなに寒いかな?」
「寒いよ。どうして枢は平気なの。可笑しいよ」
「そう? だって暖炉には火も入れてあるし、窓も扉も閉まってるんだよ?」
ず、と鼻をすするにティッシュを差し出す。
もぞもぞとコート及び毛布のしたから手を出したは枢からそれを受け取り、鼻をかんだ。
「何か暖かいもの飲む?」
「いらない。あんまり欲しくない」
「そう? でも少しは体が温まると思うよ」
「……じゃあココア」
「ココア、ね」
「…なんでそこで笑うの?」
頬を膨らませて見あげてくるの頭を軽く撫でて、枢は一度部屋の外へ出て行った。しばらくして戻ってきた彼の手にはマグカップが一つもたれていて、暖かな湯気が立ち上っている。漂ってくる甘い香りに毛布に顔半分を埋めていた連李はひょっこり顔を出した。
「いい匂い」
「はい、ココア」
「枢がいれたの?」
「まさか」
「だよねー。枢がココアいれてるところなんて想像出来ないもんね」
毛布を体に巻き付けたままじゃさすがに呑みにくいと判断したは、一度立ち上がると毛布をはぎとりそれによって奪われた体温に小さく身震いした。
「さぶ」
受け取ったマグカップに口を付け、吹き冷ましてから一口飲む。暖かい液体が喉を通って胃に落ち、少しだけ体が温まるような感じがした。
「美味しい」
それから続けて一口二口飲むと、マグカップを枢に返した。渡された枢は少し離れたサイドテーブルにそれを置く。
「少しは暖まった?」
「うーん。暖まったような気はするし、でも寒いような気もするし」
言いながらはいそいそと床に脱ぎ捨てた毛布をもう一度体に巻き付ける。
そのまま床に座り込んだの頬は僅かに赤く、僅かに違和感を感じた枢はもしやとある予想に辿り着いた。
「、ちょっとおいで」
「うん?」
手招きされて、は枢の元まで小走りに走って行く。
近づいてきたを見下ろすと枢は彼女の額と自分の額を合せた。
「何してるの?」
「ああやっぱり。、熱があるよ」
「……へ?」
「ここのところずっと冷え込んでたからね、風邪でも引いたんだろう」
「吸血鬼なのに?」
「確かに、吸血鬼が風邪引くなんて聞いた事ないけど……体だるくない?」
「だるい、かも」
首を傾げは眉間に皺を刻む。生まれてこのかた、どれだけの年月が過ぎたか知らないが風邪など引いたのは始めてだ。何か、生まれたときよりも人間に近づいて行っているような気がするのは何故なんだろう。
渋面のまま首を傾げて固まったに枢は苦笑すると、一度に口付けをした。
「口は冷たいね」
「寒いもん」
「顔真っ赤だよ」
「熱のせい」
むすくれるの額にまた口付けをして、枢は微かに笑った。
寒い寒い、冬の日の出来事。