冷たい空気が包み込む、宵の刻。猫のつめのように細い三日月が藍色の空に浮かび、雲の間に薄く姿を見せていた。
ナイトクラスの授業が終わったのはつい半刻前。校舎から寮へ戻ってきた枢たちは、それぞれの自室へ戻っていた。その中では自分の部屋がある宵の寮へは戻らずに枢の部屋、広いベッドの上を占領してごろごろと寝転がっていた。
とはいえ夜は彼らの時間だ。まだこの刻限、眠りの訪れる気配などはない。
ナイトクラスの白い制服のまま、スカートの裾がめくれていることにも気づかずに暇を持て余し転がるを視界の端に収めながら、枢はまだ目を通していない手紙の封を空けていく。
その様子を面白くなさそうには眺める。
「ねえ、枢」
「何だい?」
「暇」
枕に頬杖をつきながらソファに座る枢へと訴えてみるが、彼は小さく笑みを見せただけでこちらにきてくれる気配は無い。
ヴァンパイア一族の中の誰よりも長く生きているはずの彼女は、しかし全くそんな様子を感じさせずにまるで子供のように頬を膨らませると枕に顔を突っ伏した。
「」
名前を呼ばれてバッと顔を上げる。ようやく構ってもらえると思ったらしいの表情は明るく、さながら飼い主に懐く子犬のようだ。
ルビーの瞳がきらきらと輝きながら枢を見やる。が、しかし。
「スカートめくれてるよ」
枢はそう指摘しただけで、すぐにまた手紙へと視線を戻してしまった。
「……」
期待が外れて落ち込むだが、一応私的されたスカートだけは手で直し恨みのこもった瞳で枢をにらみつけながら再び布団へと顔を突っ伏した。
しばらくして鼻をすする音が静かな部屋の中に聞こえてくる。
どうやら完全にスネてしまったらしいにいじめすぎたか、と内心苦笑を零した枢はもともと真剣に目を通していたわけではない手紙を足の低いテーブルに置くと立ちあがった。
「」
名前を呼ぶが、今度は返事もなければ全く反応もしない。
おや、とベッドサイドに腰を落として突っ伏したままのの頭を撫でると、一瞬小さく肩を振るわせはそろそろと顔を上げた。ルビー色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
あまりにも幼いその様子にくつりと笑みをもらした枢は長い指先での涙をぬぐってやった。
「いじめすぎたかな」
「枢なんて嫌い。いっつも意地悪ばっかりする」
「ごめんね? だって僕はそうやってスネてるがかわいくて大好きだから」
恥ずかしげも無くさらりと言ってのける枢には顔を真っ赤にして顔を隠すための布団を探す、が。シーツをつかんだはずの手は枢にしっかりと捕まれていて、さらにうつぶせだったはずの自分の身体はいつのまにか仰向けにされている。その上には自分を見下ろして笑う枢の姿があって。
わたわたと手足をばたつかせるがそんなものは直ぐに封じ込められてしまった。枢の優しい口付けによって。
「……ん」
角度を変えて何度も何度もついばむように触れてくる唇に酔いしれるように、枢の首に手を回してもっと深く彼を求めようとした、刹那。
『枢ー』
ドアの向こうから枢を呼ぶ副寮長の声が二人を邪魔した。
ぴたり、と二人の動きが止まる。ああ、仕方ないなという表情を見せて枢はから離れた。
「御預けだね」
「……」
目いっぱい不服そうな顔をするだが無理も無い。やっと構ってもらえたところを他人に邪魔されてしまったのだから。
行っちゃうの? と目で訴えかけるの額に枢は一度だけ口付けをする。
「良い子にしてたらあとでご褒美あげるから」
「子供扱い」
「不満?」
「…わかった。待ってるから早く戻ってきてね」
頷いて出ていった枢を見送っては明るみ始めてきた窓の外を眺めた。
その後枢が戻ってきたときにははすっかり夢の世界へ旅立っていたという。