私を私として

「気になってたんだけどね」
 膝に頬杖を付いて向かいに座る少年を眺めながらはそう切り出した。時刻は真夜中。授業の真っ最中である。しかしきちんと机に座って授業を受ける生徒など、夜間部では皆無に等しい。皆思い思いの場所に座り談笑している。
 に話掛けられた少年こと、藍堂英は本に落としていた視線を上げ嫌そうに眉をひそめた。
 読書の中断をさせられたことが気に食わなかったのか、それともに話し掛けられたことが気に食わなかったのか。どちらとも取れるが、そんな藍堂の様子には苦笑する。
「英君はさ、なんで優姫ちゃんのことが嫌いなの?」
「嫌いっていうかさぁ」
「嫌いっていうか?」
「まあ嫌いは嫌いだけど。なんていうか鬱陶しい」
「鬱陶しい…?」
 首を傾げた拍子に闇よりも深い色をしたの髪が肩から零れ落ちる。一瞥して、藍堂はぐっと眉間に皺を寄せた。なんとなく漣李は寄せられた皺の数を数えてみる。ひいふうみい…三本。そこまで嫌い、もとい鬱陶しい存在なのだろうか彼女は。
「ふぅん。鬱陶しいんだ」
「人間の分際で、僕らの枢様になれなれしいんだよ」
「ああ…つまるところ焼きもちね」
 図星を突くと藍堂はかっと顔を紅くした。
 微笑ましいこと。あまり若者らしからぬことを思ってちらり、と窓際の枢を見やる。少し距離はあるが、実はばっちりこちらの会話は彼の耳に届いているのだろう。
 ふとこちらを見た枢を目が合う。にこりと微笑まれて、も微笑み返えしついでに軽く手を振る。
「じゃあさ、もしかして私のこともそう思ってる?」
「何?」
「ほら私枢と仲いいでしょ? だからもしかして嫌われてるかなぁなんて思ったりしてるわけですよ英君」
 どうなの。ずいと顔を近づけてたずねると、赤い顔のまま藍堂は睨むようにを見つめて声を潜めた。
「別に。あんたはだって枢様と親しくなる資格があるだろうし」
「資格?」
「僕たちとは違う。あんたも純血種だから」
「だから、資格がある?」
「そう」
「ふーん。それは、あんまり嬉しくないかな」
 ぼそり、とが呟く。藍堂が顔を上げるとまじめな顔をしたと目が合ってどきりとした。普通のヴァンパイアとは根底から違う輝きを秘めた、紅い瞳。
「だって私ね、自分が吸血鬼…純血である、ということに誇りを持っていないから」
 枢を除く、他の吸血鬼が聞いたら驚愕するだろう事実をさらりと述べて、は表情を緩めた。
 藍堂も他の吸血鬼たちの例外ではない。誇りを持っていない? そんな馬鹿な。そう言いたげな顔をしてを見ている。
 は少し困惑した顔を見せて、またすぐに笑った。
「純血種の全てが、そうであることに誇りを持っているとは限らないんだよ、英君」
「でも…」
「純血種には純血種の悩みってやつがあるんです」
 口元に人差し指を当てて御茶らけたようには言った。
「あとね、出来たらでいいんだけど。私が純血種だから枢と一緒にいることが許される、っていう認識は止めてもらいたいな。私は純血種同士だから一緒にいるんじゃなくて、ただ枢が好きだから一緒にいるだけなんだよ」
 答えに詰まる藍堂に「そういうことなんです」と勝手に話を終わらせ、は席を立ちあがると枢の元へ走っていた。その背を何か物言いたげな藍堂の視線が追っていたが、は気づかぬ振りをした。

 

いつか、認めて。私を、私として