さてどうしたものだろうか、と太裳は気付かれぬ程度に首を傾けた。穏やかな風貌の面には困惑気味な苦笑が浮かんでいる。彼を困らせている原因、それは自分を見上げながら袖を掴みじっと強請るような視線を送り続けてくる姫君の存在だった。かれこれ一刻ほど前からそう見上げてくる姿はとても可愛らしいものであり、身動きが取れず困りはするものの決して嫌な気はしない。好意を寄せる相手であれば尚更だ。
……が、しかし。今太裳が困っているのは、決して身動きが取れないからという理由ではなかった。
「そんな目でみても駄目です」
彼にしては珍しくはっきりと拒否の意を口にする。彼女の願いを断るのは心苦しいけれど、こればかりは承諾するわけにはいかない。駄目だ、と。そう口にしたのは、一刻ほど前から数えてみればこれで三回目になる。
そのせいかさほど落胆した様子を見せることなく、はめげるものかとじっと紫苑の瞳を見つめ続ける。その視線の強さはもはや睨んでいる、といっても過言ではないのだろかと思うほどに。
「何度も言いますが、駄目ですよ、様」
四度目。は僅かに気落ちしたように眉尻を下げ、駄目? と繰り返した。
「…どうしても?」
「どうしても、です」
繰り返して頷く太裳に、ぷっと頬を膨らませる。
「けちー」
「様…。けちとか、そういう問題じゃないんです。わかっていただけますよね?」
「わか、るけど…でもぉ」
しかし納得がいかないらしい。ちょっとぐらいいいじゃない、太裳のけちんぼなどとぶちぶち文句を交えて尚も言い募ろうとするに、太裳は仕方が無いと溜息一つ。視線を合わせるように腰を折り、白皙の面を両手で包み込んだ。突然の温もりと至近距離で見つめてくる紫苑の双眸に驚いたようには一瞬身を強張らせ、それに対して太裳はにっこりと微笑む。
「様。あまり聞き分けのない事を仰いますと…」
「……お、仰いますと?」
の頬が軽く引きつる。なんだかちょっと、嫌な予感がした。反射的に逃げ腰になるが、太裳に頬を包まれているためそれもかなわず。
「その可愛らしい唇を塞いでしまいますよ?」
何で塞ぐかは最早言うまでもなく。
「……っ!?」
ぼふんと頬のみならず、耳までも紅く染めたは太裳の手から逃れるとぐるんと身を捻り、と全速力で逃げ出していった。
(昌浩の働いている様子をちょっと観にいきたいって言って見ただけなのに!)