ぺらりと折れた着物のすそが見えた。視線を移す、見える。しなやかにそった形の良い細く白い足。
「え」
思わず手にしていた巻物を取り落とした昌浩は真っ赤な顔をして叫んだ。
「ああああああ、姉上ーーーーーー!?」
その叫びを耳にしてむくりと縁台に寝そべっていた人物が起き上がる。鬱陶しげに髪をかき上げ昌浩を見上げるも、勿論着物の裾は見事に捲れ上がったままである。形のよい足の普段決して人目にさらされることの無い太ももの部分まで見えてしまっていて姉といえど正直視線のやり場に困る。大体いつもは狩衣姿でいるのに、どうして今日に限っては小袖姿なのだろう。
「おや昌浩。おかえり、早かったのだな」
「姉上! 姉上! 姉上ぇ!!!」
「なんだやかましい。怒鳴らずとも聞こえておるわ」
わざとらしく耳に人差し指を突っ込んで眉を顰め、弟を仰ぎ見て訝しむように更に眉根を寄せた。
「お前、真昼間から酒でも呑んだのか? 顔が真っ赤だぞ。それとも熱でもあるか?」
測ってやろうと言いこいこいと手招きをする姉に昌浩は真っ赤な顔をしたまま眦を吊り上げてもう一度姉上と低く呼ぶが、それでも尚手招きを止めないわが道を只管突き進む性格の姉に諦めたように溜息をついて素直に応じた。目の前に座った昌浩の額に手を当てて、もう一方を自分の額に当てる。
「さっきからなんだ。……ふむ、少し熱いかもしれないが…それほどではないな。といっても私とお前とでは差がありすぎて当てにはならんか」
常人と同じように体温を持たないでは検温するに適していない。
ふんふんと頷きつつ昌浩の頬を両手で包む姉になんともいえない顔をして、昌浩はうな垂れた。
「姉上、お願いですからもう一度良く自分の姿を省みてください」
「なぜだ」
「何故じゃないですよ!」
ぴしっと音がしそうなほど勢いよく昌浩が指差したのは姉の足。ちなみに視線は向けていない。意識して向けないようにしている。これ以上顔が赤くなっては困る。
それでようやく気付いたとばかりには目を丸くし、すぐににやりと笑った。
「なんだ、女の足が珍しいか。そうか。ほれ、よく見ておけ。次はいつ見られるかわからんぞ」
「わー! やめ、止めてください姉上!」
思わず手を伸ばして姉の手と足と着物のすそとを押さえ込む。傍からみるとものすごい光景であるが、今の昌浩にはそこまで考えている余裕は無い。
は、といえば明らかにそんな昌浩をからかって楽しんでいた。
「なんだ、そこまで照れずとも良いだろう。お前と私は兄弟だ。今更何を遠慮する」
「遠慮とかそういう問題じゃないですよ!」
全くだ。ここに第三者が居たならば昌浩の意見に同意してくれたのだろうが、残念なことに人影は無く。昌浩の必死の抗議と説得も無駄に終わろうかという頃に、救いの手は現れた。
突如の体がふわりと持ち上がる。めくれていた裾はその拍子に元に戻った。
「お、おお?」
何だ何だと振り返れば、憮然とした表情の紅蓮がを抱き上げた格好のままそこに立っていて、昌浩は助かったとばかりに胸をなでおろした。
「おや紅蓮。……なんだ、随分と不機嫌そうな顔をしているな」
からかい交じりにそういえば、眉間に刻まれた皺の数が一つ増える。
ふむ、と首を傾けたは理由に思い当たり紅蓮に抱きあげられたままでぺろりと単の裾をめくって見せた。
「あなたも見たかったのか?」
「っ!?」
あわや取り落とされそうになるである。が。咄嗟に紅蓮の首に抱きついたため事なきを得た。おちたところで実体があるようでないはたいした痛みを感じることもないのだが。恨みがましくじろりと紅蓮を睨む。
「危ないな」
「…。頼むから…そういうことを平気で人前でしてくれるな」
「人前でするもなにも、忘れてはいやしないかい二人とも。安心するといい。私の姿は常人には見えないよ」
「姉上そういう問題じゃないと思うよ」
「昌浩の言うとおりだ」
「ではどういう問題だ」
どういう問題って。
思わず昌浩と紅蓮は顔を見合わせ、それぞれが溜息をつく。
もう何を言っても無駄かもしれないという諦めの想いが、二人の胸に静かに湧いた。