ちらちらと雪が降っている。春には緑あふれる庭も今は白一面に染まり、まさに銀世界といった様子だ。
そんな中、雪の上を転げまわる二人の姿を見つけ、欄干に寄りかかって夢見心地でいたは口元を綻ばせた。
「元気だな…」
目を細める彼女の脳裏に蘇るのは、まだよちよち歩きだった小さな弟と、穏やかな色を浮かべて弟をあやす思い人の姿だった。
小さかった弟はずいぶんと大きく成長して、愛し人は小さな物の怪へと変じていたけれど、あの頃と何も変わらない。
「平和だな」
いつからそこにいたのか、隣に顕現した玄武が呟いて、同意するようには頷く。
「ああ、そうだな」
本当に平和そのものだ。今こうして、穏やかに流れる時をとても愛おしく思う。
階に腰を下ろして弟たちの姿をのんびりと見守っていただったが、ややあってからおもむろに立ち上がった。
何をするのだと不思議そうな顔をして見上げてくる玄武に、いいことを思い付いたと小声で言って笑う。一度身を屈めて玄武に耳打ちすると、小さな神将は軽く瞠目した後に心得たとばかりに頷いた。
積もりたての雪はふわりと柔らかくの足を受け止める。まっさらな雪を一つかみ手に取ると、ぎゅっぎゅと固く丸めて雪球を作った。一つ作り終えればまたもう一つ。そうして彼女の周りにはいくつもの雪球が出来上がる。
「こんなものかな」
初めてにしては上出来。満足そうには頷く。昌浩と物の怪はそんなの行動に全く気づくこともなく、相も変わらず雪の上でじゃれていた。
彼女は双色の瞳を二人へと向け、口の端を釣り上げた。
白い袖が翻る。狙いを定めて、は雪球を握った腕を思い切り振りかぶった。
綺麗な弧を描いて飛んでいく雪球は、そうとは知らぬ物の怪の小さな後ろ頭へと命中して弾けた。
「ぶっはぁ!」
予想だにしていなかった襲撃に前のめりにひっくり返った物の怪は、哀れ雪の中へと埋もれ同化した。突然の事態に昌浩は唖然としてその様子を眺め、はっと我に返ると物の怪を救助するため慌ててしゃがみこむ。
「も、もっくん大丈夫?」
「………大丈夫じゃねぇ…一体なんだってんだ…」
くぐもった声で返す物の怪を昌浩がつかみあげると、ひゅんと音を立て再びの雪球が襲来する。
「え…わ、ちょ、うわぁっ!?」
「ふぎゃっ」
避けきれず、額に一発食らった昌浩は思わず掴んでいた物の怪を取り落とし、一人と一匹は再び雪の中へと沈んだ。あんな小さな雪球なのに、威力が半端ないのは何故なんだろう。大量の疑問符を浮かべる昌浩である。
寝転んだまま舞うように落ちてくる雪のかけらを見つめてると、近づいてくるの姿を視界の端にとらえた。呆れているような面白がっているような、そんな表情だった。そして昌浩は悟る。犯人は間違いなくこの姉であると。
「鈍すぎるぞ、お前たち。昌浩、これしきの攻撃をかわせないようでは爺様に嘆かれるぞ。これも修行の一環と思え」
腰に手を当て昌浩を見下ろし、相変わらず横暴なことを言ってのけるに昌浩は微妙な顔をする。おかしいな、いつからこれが修行になったんだろう。だってたまたま今日は休みで、そうしたら雪が降ってきて、だからもっくんと遊んでいただけのはずだったのに。
のろのろと起き上がり背中についた雪もそのままに昌浩が悩んでいる間にも、二人から距離を取ったは次々と雪球をこさえていった。
あ、と思う間もなく再開される、一方的な雪合戦。
「わっ、姉上!」
「ほれ、昌浩。避けなければ雪まみれになってしまぞ」
慌てる昌浩と楽しげな。
雪の中に埋もれたままであった物の怪は次の瞬間、雄叫びを上げて起き上がった。
「だぁあああ!!! ! おま、いきなり何しやがるっ!?」
「うん? 何って、昌浩とあなたの俊敏性がどれほどのものか試してみようと思ってな」
「だからって不意打ちで投げてくるやつが…ぶふっ…おおい!?」
「おっと、すまん。そうか、ならば宣言してから、であれば良いのだな? では行くぞ」
「そういう問題じゃね…って、だからっ、人の、話を聞けぇ!」
しかし聞く耳持たぬのがである。
容赦なく雪球を投げつけてくるに物の怪はわなわなとふるえると、ええいこうなったら勝負だ!っと指先を突きつけた。
「おい、昌浩! お前雪球作れ。やられてばかりでたまるかっ」
「え、でも…」
昌浩はちらりと姉を伺い見る。構わないぞと言わんばかりの姉の楽しげな表情を見てしまっては物の怪を止めることも叶わず。仕方ないなと息を吐くと、周りの雪を掬って丸く固めていった。
「見てろよ! 俺に喧嘩吹っかけたことを後悔させてやる!」
「喧嘩を吹っかけたつもりはないがな。楽しみにしていよう」
ああ、指先が冷たい。流れ弾を避け、時に当たりながら昌浩はじんじんと痛む指先に吐息を吹きかける。
高槻に盛られた団子のように白い塊が山積みされていき、なんで俺がこんなことを途方に暮れる昌浩の隣では、物の怪が威勢よく雪球を投げていく。しかしおかしいかな。その内の一つとしてにあたるどころかかすることことすらなった。
ひらりひらり狩衣の袖を翻し彼女は楽しげな面持ちで雪球を避けていく。
雪球を作りながらそれを見ていた昌浩はぴんときた。
あれ、もしかして姉上、なんかズルしてない?
しばらくして同様のことを物の怪も思ったのだろう。雪球を投げる手を止めるとじとりと半眼でを睨んだ。
「、お前…なんか、ずるしてないか」
疑問形ではなく断定して訊ねる物の怪に、はそれはそれは綺麗な笑みを浮かべて、廂の上にちょこんと座る玄武を指差した。振り返る物の怪と昌浩に返る、すまんと言いたげな玄武の視線。
物の怪もぴんときた。
「どうりで当たらんと思ったら! 結界とは卑怯だぞ!?」
「ふふ。すぐに気が付くと思ったんだがな。鈍いぞ、二人とも」
だってそんな雪合戦ごときで結界張られるなんて思わないし、とは流石に口に出せない昌浩と物の怪である。二人は至極複雑そうな面持ちで顔を見合わせた。
袂で口元を覆ったはそんな二人の姿を見て一しきり笑うと目元に笑みを滲ませたまま玄武に声を掛ける。
「ありがとう、玄武。もう大丈夫だ」
「そうか、わかった」
玄武が頷くのと同時にの周りを覆っていた結界が消えた。確認するように周りを見渡したは一つ頷く。
「さて、これで対等。文句はなかろう? 勝負はこれから、だな」
にやりと笑みを浮かべ雪球を固めるに、昌浩と物の怪は薄ら寒い予感を覚えたのだった。