「今、なんていったの?」
あまりにも唐突な、突然すぎる報せにただ目を丸くして聞き返すしか出来なかった。
放課後の帰り道。今日はたまたまアリスが休みで、なにやら思いつめた顔をしたアスランに話があると言われ、キラと私とアスランと三人揃って近くの喫茶店に入った。そこで婚約者が出来た。相手はかの有名な歌姫ラクス・クラインだと聞かされて驚く以外の何が出来ようか。咄嗟に頭に浮かんだのは今ここにいないアリス。アリスはこのことを知っているのだろうか。もしかして、今日の休みの原因は。
「アリスには教えたの?」
「ああ、昨日。いずれ知られることだし、早い方が良いと思って」
「そう。はー。それにしたって、婚約者かよ」
いくら幼馴染といえど住む世界が違う。そうとしか言いようがない。
これは私たちがどうこう口出しできる問題じゃない、とわかってはいるけれど。でもはいそうですかと頷くには、抵抗がありすぎた。
「それで、どうすんの?」
「どうって…」
「ラクス・クラインと婚約して、結婚するわけ? アリスはどうするの?」
「それは…」
アスランも難しい立場なんだろうな。ザラ家の一人息子だし、やっぱり家同士のつながりって大事なんだろうと思う。思うけど。それじゃあアリスはどうなるんだろう。多分アリスのことだから、アスランの前では無理して笑っていたに違いない。アスランはちゃんとそれに気付いてくれただろうか。もし気付いていないようだったら、悪いけど許せない。
「アスラン、悪いけど私帰るわ。アリスのことが心配だから」
「ああ、その…頼む」
「はいよ、頼まれた。じゃね。ああ、もちろんジュースはアスランのおごりでね」
有無を言わさず席を立って喫茶店を後にし、アリスの家に向かった。
でんと目の前にそびえるのは立派な門構えの立派なお家。初めて来た人は気後れしてしまうかもしれないけど、幼い頃から何度も訪れている私は躊躇うことなくインターホンを押す。しばらくして応答があった。
「あ。アリス? 私、マアサ」
「あ、マアサ。入っていいよ。今降りてくから」
インターホン越しに言葉を交わして、うちとは比べ物にならない立派な扉を押し開けた。ぎ、と蝶番のきしむ音にほんの僅か顔を顰める。玄関ホールで待っているとしばらくして、階段を駆け下りてくる音がした。
「や、アリス。元気?」
「うん。ごめんね、マアサ。わざわざお見舞いきてくれたのに…今日病欠じゃないの」
「知ってる。聞いたよ、アスランのことでしょ?」
「あ、知ってたんだ。……なんかね、アスランの話聞いたら今日どんな顔して逢えば言いかわかんなくなっちゃって。ズル休みしちゃった。いつまでも休んでられるわけないのに、私…」
力なく笑うアリスに首を傾げる。ああこの子無理してる。アリスの後に次いで階段を登り、アリスの部屋に入った直後、率直に聞いた。
「ねえ、アリス。泣いた?」
アリスの顔が一瞬強張る。眉間によりかけた皺をぐっと堪えて、唇を噛みぎこちない笑みを見せる。
「え、泣いてないよ。なんで?」
「泣きなよ。泣きたいんでしょ? 本当は、アスランに婚約者が出来て別れなくちゃいけないかもしれなくなって、悲しくて仕方ないんでしょ? 私何年幼馴染やってると思ってるの?」
「…っ、だ、って。だって、私…」
堪え切れなくなったようにアリスのハシバミの瞳が潤む。ぽろぽろと白い頬を涙が滑り落ちるのを見て、ぎゅっとアリスの頭を抱きこんだ。
「泣いた方が良いんだよ。我慢したらダメ。泣くとさ、やっぱり少し気分すっきりするし。泣かないままためとくと、ずーっと気持ちが重いままになっちゃうからね。いいんだよ、あんたが泣いても誰も責めたりしないんだから。なんなら私も一緒に泣いてあげよう」
「何それぇ…っ、ふ、うぅ」
「よしよし」
ぽんぽんと宥めるように背中を叩いてあげると、堰を切ったように泣き声を上げるアリスの私の服を握り締める手が少し強くなった。
それから少しして泣きつかれて眠ってしまったアリスの寝顔を眺めていると、ふいにマナーモードに設定してあった携帯が震えた。
二つ折りのソレを開いてディスプレイを見れば、表示された名前は良く知る人物のもので、アリスを起こさないようそっと部屋を出て通話ボタンを押した。
「もしもしアスラン?」
「マアサか。その、アリスの様子はどうだ?」
「今ね、泣き疲れたみたいで眠ってるとこ」
「そうか」
「そーよ。まったく無理して笑ってるんだもん。見てるこっちが辛いっての」
「すまないな」
「ええ本当にね。でもアリスのためだったら私は何でもするよ。アスランの為じゃないから、そこんとこ誤解しないように」
携帯越しに苦笑するアスランの声がする。全く笑ってる場合じゃないだろと一瞬怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、そこは携帯を強く握り締めることでなんとか我慢する。アスランばっかり悪者にしたらだめだ。アスランだっていわば被害者なんだから。
「もう少ししたら私帰るけど…さ。ねぇどうするの、アスラン」
「今はまだ、はっきりとしたことは言えないが…一応ラクスとも話してみようと思ってる」
「そう。わかった」
それから二言三言言葉を交わして携帯をきった。犬の待ち受け画面を見つめて溜息をこぼす。
「難しい、のかな。やっぱり」
誰にも聞き取られないほど小さく呟いて携帯を閉じた。
実は後日談が
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