「んもう! アスランたらなんでわかってくれないのっ?」
「そうは言ってもな、アリス。俺にだって譲れないことぐらいある」
涙目で怒鳴るアリスを心底困惑したように見下ろして、諭すように告げるアスラン。口調はいつもよりきついけど消して声を荒げることは無い。そういえばアスランが怒鳴ったりしてるところを聞いたことが無い。
「まあまあ、二人とも少し落ち着いて」
仲裁に入ったキラに二人の視線が向けられる。現在は昼休み。私達がいるのは何時通りの生徒会室。今日は朝から雨が降っていて、外で昼食を取れなかったためだ。
「それで、今回の喧嘩の原因は?」
この前の事もあるから、今回の部分を少し強調して言えば、二人はそれぞれの反応をして見せた。
「今日のお弁当」
「お弁当?」
「そう。今日のお弁当にアスランの好きなもの入れてきたら怒られた」
アスランの好きなもの。と聞いて思い浮かぶのは一つしかない。
「…もしかして」
いくらアリスが少し天然入ってる子だとしても、いやまさかとは思うけれど。
「「ロールキャベツ入れてきたの!?」」
思わずハモった私とキラ。一瞬二人で顔を見合わせて、アリスの返事を待つ。
彼女は迷うことなく素直に首を立てに振った。
「うん」
あちゃー。私とキラと同時に染みの滲んだ生徒会室の天井を見上げた。そりゃさすがのアスランも文句の一つは言いたくなるってもんだ。
アリスとしてはもちろん、嫌がらせではなく善意のつもりでやってるわけだから文句言われる筋合いは無いとそういうことなのだろう。それもわかる。でも私としてはアスランのほうに味方してしまいたくなるというか。
だって弁当箱空けたら冷え切ったロールキャベツに零れ出た汁まみれ、ってちょっとというかかなり遠慮したい。キャベツに包まれた牛肉から出た脂質が白く凝固して弁当箱にべったりついてるところまで想像できる。そんなもの、たとえそれが好きな人が作ってきてくれたものだったとしてもやっぱり遠慮したい。
ごめん、アリス。今回ばかりはアンタの味方をしてあげられないわ、私。
「アスラン。きみの言いたいことは良くわかった。うん。今回ばかりはアリスが悪い」
「なんで!? だって電子レンジで温めれば美味しく食べられるよ?」
「どこに電子レンジがあるの!? 周りを良く見て、教室は愚か生徒会室にも電子レンジはないから!」
「家庭科室は?」
「勝手に使って怒られたいならどうぞ?」
むぅとアリスが頬を膨らませて黙る。下唇を突き出して上目遣いに見上げてくる幼馴染の頭を撫でて、溜息をついた。
「もういいわ。とにかく、アリス。もう二度とロールキャベツをお弁当箱に入れてきたらダメだからね」
「…わかった」
念を押すよう少し強めに言うと、しぶしぶとアリスは頷いた。
「アスランの好きなものを食べさせてあげたいなら、わざわざお弁当にしなくたっていいでしょ? お休みの日に家で作ってあげるとか、いくらでも方法あるじゃない? ねぇ、キラ?」
「そうだよ、アリス。そのほうが嬉しいって。ほらアスランもそう言ってるよ?」
「え、俺!?」
ほかに誰がいるんだよ。あんたのために私とキラが頑張ってるんでしょうが。無言で睨みつけて会話に加わってこないアスランを強制的に引っ張り込むと、アスランはアリスを見て少し照れくさそうに笑ってそうだなと頷いた。このバカップルが。
「ほらね、アスランもこう言ってるから」
「うん。じゃあそうする」
「是非そうして」
「うん。ごめんね、アスラン」
「いや、俺も悪かったよ。折角作ってきてくれたのに、文句言ったりして」
「ううん、私が考えなしだった。明日はもっと違うの作ってくるから」
そんな二人のやり取りを方耳で聞き流して、弁当の包みを開ける。自分で作るなんて、私は滅多にしない。別に料理が苦手というわけでもないけど、毎朝早起きして作るのは面倒くさい。だからいつも母親に任せきりだ。母の料理は美味しいし、自分で作るより安心して食べられる。
「手作り弁当っていいよね」
「何言ってんの。キラのだって手作りでしょ。カリダおば様料理上手じゃない」
「母さんの料理は確かに美味しいけどさ。たまには違う味が食べたくなるというか…」
「…もしかして強請ってますか」
「うん。マアサ作ってよ」
「やだ」
「えーなんで」
「面倒臭い。私がそういうこと好きじゃないの知ってるでしょ」
「料理苦手じゃないくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「ケチ」
「ケチで結構。さ、早く食べないと時間なくなっちゃうよ」
しぶしぶ食べ始めるキラを横目に、まあ一回くらいは作ってきてあげようかな、とそんなことを思った昼休み終了十分前だった。
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