こぽこぽとティーカップに紅茶が注がれる音。湯気の立ち上るそれをテーブルに置いてから一拍。眉間に深く皺を刻んだアリスとそれに向き合うように座るキラに、あぁもう一体何がしたいのアリス、お見合いじゃないんだからと思わず額に手を当てる。ティーポットを傍らに置き、足す音舟を出すべくキラの隣に腰を降ろした。
「アリス、顔が怖いよ。ほら、笑って笑って。スマイル」
「え、え。私怖い顔してた?」
「うん。ていうかなんか、すごい眉間に皺が。後付いちゃうよ」
 眉間の皺といえばアスランも難しい顔をしてることが多い気がする。まあ、ほとんどそれは悪戯をしでかすキラと私に頭を悩ませて、ということが多いんだけど。それでなくても気苦労の多い、割と何でも背負い込むアスランだからそのうち胃に穴でも空きかねないかも。
 あ、いやいや。今はアスランのことなんてどうでもいいんだ。
 私の指摘にアリスはばっと眉間に手を当てて顔を赤くしながらわたわたしていた。その様子はとても女の子らしくて可愛い。私には到底まねできない。そもそもしようとも思わないけど。
「それで、何か相談があるんでしょ。何?」
「あ、うん。あのね、その…」
「うん」
「……」
「……」
 沈黙かよ。
 何も言わないアリスにキラも困ってしまったようで(だってアリスが何を言いたいのかさっぱりわからない)助けを求めるみたいに私を見た。もともと助け舟を出すためにキラの隣に座った私だったけど、流石にコレは。私も困る。アリスが何を考えているのか分からない。
「ねえ、アリス。黙ってたら分からないよ。ちゃんと言わないと」
「うん…」
 しかしだんまり。
 おいおい、アンタの奥さん何がしたいんだよ。
 目の前のアリスをみつめて、今はここにいないアリスの旦那ことアスランに思いを馳せた。ちなみに現在席をはずしているアスランは、なにやら先輩方に呼び出しをくらったようで(リンチではない、多分)今は付属の大学の方へと行っている。戻ってくるのは三十分以上後になるだろう。
 アリスもアスランのいない隙を見計らって私達に相談を持ちかけたようで。その肝心の中身はまだ聞けていないけど。
 早くしないとアスラン戻ってきちゃうよ。時計にちらりと目をやると、現時刻は午後四時半。予想タイムリミット、五時ってところか。
「あのね、アスランの…」
「アスランの?」
「アスランの家に転がってる丸いやつ。あれね、あれハロっていうんだって」
 なにやら話が唐突だ。アスランの家に転がってる丸いヤツ? あの色も大きさも様々なマクロユニットたちのことか。万有引力の法則をまるきり無視する動きをする奇怪なロボットたち。だって丸くて硬い物体が、それこそ柔らかいボールみたいに地面にボヨーンボヨーンと跳ねるのだ。どう考えたって可笑しい。
「それでそのハロが…ハロ? そういや前にどっかで聞いたような……あー」
 ハロという名前には聞き覚えがあった。瞬間頭に浮かんだのは、先日街中で出会ったふわふわのピンクのお姫様。ラクス・クライン。確か彼女が前にハロなるものをアスランに貰ったとか言っていたけれど。関係があるのだろうか。
「ハロをね、私にもくれたの。緑色の、すごく可愛くて、嬉しかったんだけど。その、ね」
 なんかすごく嫌な予感がする。
 キラも同じだったようで、少し難しい顔をしながら続きを促した。
「それで?」
「うん。それでね、そのハロにね、何て言うんだろ。実際に見てもらったほうが早いかなぁ」
 言いながらアリスが椅子の横に置いてあった手提げを持ち上げると、中からポーンと勢いよく丸い緑色の物体が飛び出してきた。突然出てきたハロにも驚きだが、持ち歩いてるアリスにもかなり驚きだ。
「これがハロねぇ。アスランも不思議なもん作るよね」
 もっとほかに無かったのだろうか。犬とか猫とか。ハムスターとかネズミとか。選りにもよってよって、なんでただの球体? いや可愛いんだけど。机の上を転がるハロを指先でつつくと、まるで抗議するかのようにその物体は「ハロハロ!」と鳴いた。
「キラ、ちょっと触って」
「え、僕?」
「うん」
「いいけど、何……わぁ!?」
 キラがハロに触れた瞬間、ビリっと静電気のようなものがキラの指先に走ったのを私は確かに見た。しびれたらしい指先を振って痛みを誤魔化すキラの手を掴んで、さする。ちょっとアリス、キラに何させるの。無言で責めれば、アリスは申し訳なさそうにハロを自分の手元に引き寄せてごめんね、と謝った。
「キラ大丈夫? ちょっとアリス! あんたなんでこんな危ないもん持ち歩いてるの!」
「やっぱり、危ないよね。アスラン以外の男の人が触ると痺れるようになってるみたい。他にもいろんな機能が付いてるんだけど…」
「いろんなって…ちょっとソレ貸しなさい!」
 どっかに電源があるはずだ。アリスから受け取ってそれらしいボタンを見つけると、私は即座に電源を落とした。カバンからマイ工具とパソコンを取り出して、すぐに解体を始める。なんでそんなもの持ち歩いてるとか、そんなことは聞かないで。自慢じゃないが、私の機械工学の成績は常にAだ。アスランなんかに負けてたまるか。
「悪いね、アリス。ちょっとこれは見逃せないわ」
「やっぱり…そうだよね」
 電源を入れたパソコンにコードを繋いで、ほかにどんな機能が付いているのか確認すると目を疑いたくなるようなものが次々出てきた。アスラン、私君の人間性を疑うよ。君はまっとうな人だと思っていたのに。隣で覗き込んでいたキラがげんなりとした顔をして、アスランと幼馴染の名を呼ぶ。これは、とてもじゃないがアリスには見せられん。
「アリス、適当な機能だけ残してあと全部はずすけどいいよね?」
「え、うん。いいよ」
「よし」
 カタカタカタカタ。頑張れ私、アリスとキラのためだ。猛然とキーボードを叩く私を呆然と見つけるアリスと、応援してくれているキラの二つの視線を感じながら十数分後。
 なんとか危険な機能は取り外すことに成功した。
 電源を入れて騒ぎ始める緑のハロをアリスに手渡しながら、アスランが戻ってきたら張り手の一発でも食らわせてやろうと心に決めた私とキラの二人だった。