ほんのりと甘い匂いが漂う生徒会室。本来なら書類や筆記道具の類が並べられていなければならないはずの机の上には何対かのティーカップとポット。そして見るからに甘そうなケーキと数種類のお菓子。ここにあるのは全部アリスの手作りだ。どこまでも家庭的で女の子らしい、私とは正反対の幼馴染。
 ほかほかと湯気を立てるティーカップにうきうきとおかわりを注いで行くアリスとそれを受け取って笑顔を向けるアスラン。微笑ましいカップルの構図に、見ているこちらまで幸せになってくる。多分それは私にとって彼らが誰よりも大切な幼馴染だからなんだろうけど。これが全く関係ない赤の他人にカップルだったら、余所でやってくれと思っていたことだろう。
 ちなみに今、生徒会室に良い香りを漂わせている紅茶は、先日であったラクス・クラインからアスラン宛に送られてきたものだった。添え書きに、お友達とどうぞ、と丁寧に書かれていたのだという。さすがに茶葉もいいもので、香りも味も最高だった。多分アリスの淹れ方も上手なんだろう。私が淹れたらここまで上手く味も香りも出せない。確かアスランも紅茶の淹れ方は上手かった。
「美味しいね、これ。紅茶もケーキも最高」
「ホント、アリスはお菓子作り上手だよね」
「ありがとー」
 にこにこと笑うアリスに笑顔を返して、隣のキラを見る。私が今食べているのはモンブランで、キラが食べているのはレアチーズケーキだ。
 一口サイズに切り分けたところを見計らってすかさず声を掛ける。
「ねーキラ」
「なに?」
 口に運ぶ途中だったキラの手をがしっと掴んでケーキを横取りした。恨みがましい視線を向けられつつ、口の中に広がるレアチーズの風味に頬を緩ませずにはいられない。美味しい。
「美味しー」
「マアサ、自分のがあるでしょ」
「だってキラのもおいしそうだったんだもん」
「…太るよ」
 ぼそりと呟かれた一言を私は決して聞き逃しはしなかった。
「何か言った? ん? 今なんていったのかな〜〜?」
 むぎゅ、とキラのほっぺを掴んで引っ張ってみたが思ったよりあんまり伸びなかったのが少し悔しい。どうして男の子ってこう、あんまり肉付かないのかな。
「いたたた、痛いよマアサ。ごめん、悪かったって」
「キラ、お前は一言多いんだ」
 赤くなった頬をさするキラに呆れた視線を向けながらのアスランに同意する。全くそのとおり。太る、なんて女の子にとって最も言っちゃいけない言葉だ。禁句も禁句。
「アスランまで言う?」
「本当のことだろう」
 そうだね、本当のことだね。アスランは良くわかってると思うよ。変なところで鈍かったりするけど。ただキラの場合、言って言いことも悪いことも分かっててわざと言ってる勘が否めない。アスランが天然だとするならキラは確信犯だ。
「いいけどね、キラだしね」
「そうね、キラだもんね。マアサ、気にしちゃダメだよ」
「ありがと、アリス」
「…二人とも酷いよ」
「あはは。まあ機嫌直して、ほら私のケーキ上げるから」
 一口大にきったモンブランをフォークに載せてキラに差し出すと、頬を膨らませていたキラだったが直ぐにパクリとそれを口にした。
「美味しいでしょ? モンブラン」
「うん」
「これでおあいこね。…ん? どうしたの、アリスにアスラン。変な顔して」
 アリスとアスランが顔を見合わせる。それからすぐに微笑を見せた。なんで顔赤いの。なんで二人とも微妙に照れてるの。「はいダーリン、あーん」なんてやってるわけじゃないんだから、照れる必要はどこにも無いと思うのだ。
「いや、お前たちは変わらず仲良いと思ってさ」
「うん。仲良いよ。だって幼馴染だしね」
 何を当たり前のことを、と答えた私にアスランが微妙そうな顔をした。だから何なんだよ。
「いや、そういう意味じゃ…ああ、まあいいよ。そうだな、幼馴染だもんな」
 もういいよ、と言いたそうなアスランの口調に今度は私とキラが顔を見合わせる番だった。
「何なの、一体」
「うーん。キラとマアサを見てるとね、私たちまで幸せになるなぁってこと」
 アリスの言葉の意味が図りかねて、私は首の傾斜を深くした。