さて三人の侍女とティーザによって部屋の中に連れ戻されたほづみは、衣装棚の中からティーザが選んだドレスに早速着替えさせられていた。問答無用で夜着は脱がされ、寒さも恥ずかしさも感じる暇もなく下着を付けかえられる。ドレスを身につける中、幸いだったのはコルセットがないことぐらいで、めまぐるしく動く侍女たちの傍らほづみは頭を抱えたい気分に陥りながらも彼女らのされるがままになっていた。動くと怒られるからだ。
あっという間に着替えは済まされ、今度は鏡台の前に座らされた。髪を結い上げるのはティーザの仕事だ。
「さてほづみ様。今日はどのように致しましょうか」
銀細工の細かい文様の入った櫛で髪を丁寧に梳かれながら訊かれるが、生憎ほづみは髪型などあまり気にしない。むしろどうでもいい。だがそれを言うとまたしてもティーザの小言が飛んでくることは学習済みなので(前に一度やらかしている)、考えるそぶりだけは見せるようにした。
「そうですねぇ…」
ほづみが希望を口にする前にティーザの中で今日のテーマは決まったのか、手は器用にほづみの髪を救い上げ結い上げてゆく。此方もまたあっという間に仕上がった。
すっかりほづみの支度が済むと、ティーザたちはそそくさと退出していた。
彼女たちが出て行くのをみて、ほづみの支度が済んだことを知ったキラとアスランの二人が部屋の中に入ってくる。
「わ、可愛いね。ほづみ。似合ってるよ。ねぇ、アスラン」
「ああ、そうだな」
「あーそう、ありがと。毎度のお世辞でも嬉しいよ」
「だからお世辞じゃないってば」
「うん、でも君は口が上手そうだもの」
キラは女の子を褒めることになんの抵抗も示さない。割と飄々としていて口が上手い、とほづみは思う。本心を隠すのが得意そうだ。
頭の後ろに手をやって結い上げられた髪の根元を軽くいじる。何かちょっと、違和感がある。それでもやはりさすが、というか。結い上げた髪はちょっとやそっとじゃ乱れたり解れたりしなさそうだった。もしこれを同じようにほづみが結ったのならばものの数分で見事に解れることだろう。どうやってもこんなに上手く結い上げたりは出来ない。ワックスやスプレーもないのに、どうしてこうも上手く出来るのだろう。不思議でならない。
「さて、ねえ。今日は二人ともお仕事は?」
「僕は午後から聖堂に用事があっていかなくちゃいけないけど、アスランは特に用事なかったよね?」
「ああ。俺は今日はずっとほづみに付いていられる」
「そっか。じゃあさ、お城の中を案内して欲しいな。まああんまり一人で出歩くとティーザとかに怒られるから出来ないけど、でもほら迷子になったりすると困るし」
知っていて損は無い。
アスランとキラは一度顔を見合わせるとそうだなと頷いた。ほづみはぱっと喜んでありがとうと告げると、二人の腕をとって揚々と歩き出した。が、すぐに二人に止められた。
「ちょっと待って」
「え、何。まだ何かあるの?」
「何かっていうか、さ。ほづみご飯食べたの?」
キラの指摘にほづみはきょとんとして、それから思い出したように鳴り出したおなかに手を当てるとはにかんだように笑った。
ほづみの朝食が済んで、今度こそ三人は城めぐりを始めた。
ほづみにとって、ここではみるもの全てがものめずらしい。歩きながらあれこれと二人に質問をするほづみの姿はまるで幼い子供のようだった。そんなほづみに二人は嫌がる顔一つせず、丁寧に答えてくれた。
思っていたよりも城の構造は複雑になっていて中はほんのりと薄暗かった。今はまだ昼間であるため、壁にそなえつけられたランプに灯は燈されていないようだったが、これが日が暮れる頃になると侍女たちが火を燈して回るのだそうだ。この広い城の中、全ての灯をつけるのは大変だろなと人事のようにほづみが考えていると、キラが一つの扉に手をかけた。
「あ、ごめん。ちょっと寄り道してもいい?」
「いいよ。ここは何?」
「ここは騎士の執務室だ」
「へぇ。じゃあアスランとキラはいつもここでお仕事してるんだ?」
「まあ、書類関係の仕事はな。騎士の基本的な仕事は姫の護衛だから、外に出てるほうが多い」
「そうなんだ。ふぅん」
ほづみがそわそわとし始める。どうやら中に入ってみたいようだと察したアスランが入るかと訊ねると、顔を明るくしてほづみは頷いた。
「おじゃましまぁす」
一応言ってから部屋の中へ足を踏み入れる。中は広くも無ければ狭くも無かった。ただ広さの割りにものが多い気がして、少し圧迫感があった。
執務机の上には羊皮紙の巻物と、インク壷に刺さった羽ペンがある。明り取りのランプも備え置いてあり、いつか何かのファンタジー漫画で見た光景だ、と思いながらそそくさと傍へ寄った。
「わ、わ、なんかすごい。面白ーい」
「そんなに変わったものはないと思うけど」
「いやいや君たちにとっては当たり前のものでも私から見たら相当珍しいものばかりだよ。うわ、いいなぁ」
どことなくアンティークな雰囲気が漂う小物がさらに良い。ほづみは胸を弾ませながら物色し、ふいに机の脇にある窓の外に目をやった。尖った屋根の、建物が見える。
「ねぇ、あの建物はなに?」
「あれは教会…というより聖堂だな」
「行って見たいとか、言ったら駄目?」
「構わないぞ。なぁ、キラ」
「うん。さっきも言ったけど、僕も聖堂に用事が会ったんだ。丁度良いから一緒にいこう」
そうしてさっと机の上に散らばっていた紙の束を集めると腕に抱えた。
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