だぼついた袖を捲り、水を張った桶の中にタオルを浸す。ぬるくなっていたタオルは冷たさを取り戻し、エストはそれを力いっぱい絞った。
「まったく、一晩中廊下で座り込んでいたなんて…何をやってるんですか、あなたは」
「うう、面目次第もございません…」
布団の中にすっぽりとおさまってガタガタと震えるに、エストは呆れたように息を吐き出すと絞ったばかりのタオルを乗せた。冷たかったタオルは彼女の発する熱を吸い込んですぐさま温くなる。全くこの忙しいときに一体何をやってるんだ、この人は。彼の顔にはありありとそう書かれていて、は本当に申し訳ないと蚊の鳴くような声で続ける。
エストがを見つけたのは偶然だった。
カタクーム(地下墓地)へウィオラケウスという名の古代種に会いに行った帰り、廊下の隅っこでうずくまる彼女の姿を発見したのだ。
時刻は真夜中。気温も下がりマント一枚では寒さを凌ぐのにも心もないと感じるほどであったのに、はあろうことかマントすらも羽織らぬ姿でそこにいたのだった。どれだけの間そこに居たのかは知らないが、エストがと出会ったとき彼女の体はすっかりと冷え切っており、仕方ないと部屋へと連れ帰れば頬は赤く唇は青ざめていた。加えてカタカタと小刻みに震える体。彼女が発熱していることが分かるなりエストは問答無用で自分のベッドへと彼女を押し込んだ。そうして今に至る。
「だって部屋に入れなかったんだもの。マントも部屋の中だったし…」
「締め出しでも食らったんですか?」
「ある意味そうかも」
「ルルがそんなことするとは思えませんが…」
エストの思案するような呟きにはふつりと押し黙る。何事か言いかけたように口をあけたかと思えば赤い顔がさらに赤みを帯びて、布団を両手で引き上げると頭まですっぽりと被ってしまった。布団の中から「私からは何も言えません…」と妙によそよそしい言葉使いでくぐもった声が聞こえた。
「…何があったのかはわかりませんが、部屋に入れなかったのなら食堂や図書室にでも行っていればよかったでしょうに」
食堂ならば暖炉もある。火を起こせば寒さを凌ぐぐらいは出来たはずだ。
それをしなかったのは単に、部屋に戻ったが"それ"に気づいて激しく動揺し、とにかく部屋に入らないことと人払いをすることでいっぱいいっぱいになり、そこまで頭が回らなかったからなのである。が、そんなことをエストは知る由もない。
「まあ過ぎてしまったことどうこう言っても仕方ありませんね。とにかく今はゆっくり休んで、早く治して下さい。いつまでもここにいられても迷惑ですから」
「うう、ごめんよ、エスト少年…」
「くれぐれもうつさないで下さいね」
「善処します…」
もぞりと布団の中からが顔を出す。ずれたタオルを直そうと手を伸ばすエストに向かって彼女の腕が伸び、なんだと訝るエストの髪を二度三度撫でた。
「エスト少年は優しいね。ありがとう」
熱のせいだろうか。普段よりも柔らかく、それこそふにゃりという形容が相応しいような笑い方をした彼女は、先ほど飲んだ薬が効いてきたのだろう。布団の中に腕を引っ込めるとそのまま目を閉じた。静かな部屋の中、聞こえてくるのは健やかな寝息。
タオルに手を伸ばしたまま中途半端な体制で固まっていたエストは、眉間に皺を寄せて深く息を吐き出す。心なしか彼の白い頬はほんのりと朱に染まっていた。ここにアルバロがいなくてよかったと心底思う。
「全く、この人は…」
無防備そのものである。エストはよりもずっと年下であるけれど、一応男であるということを彼女は忘れてやしないだろうか。起きたら一度しっかり言い含める必要があるな、と思いながら温くなったタオルを再び水に浸した。
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ルルちゃんとヒロインさんてきっと同室だよねっていうところから出来たお話。
ユリウスルートのあれが衝撃過ぎたものですから(笑)