おやすみ愛しい人

 アスランは。
 自分から苦労を背負い込んでると思う。なんていうか、考えなくていいことをわざわざ考えるというか。悩まなくてもいいことに頭を悩ませているというか。
 まあそこがアスランのアスランたる所以なんだろうけど。
 でもいい加減そろそろ頭休めないと、いけないと思う。将来のためにも。
「ねぇ、アスラン」
「なんだ」
 今日は休日。珍しく仕事の入っていないオフの日。久しぶりに二人でのんびりできる休日…の、はずなのに。
 さっきからアスランはベッドに転がる私を放ってパソコンの前で何かカタカタと忙しそうに手を動かしている。
 こっちも久々のオフで、出来たら鎌って欲しいというところが本音なんだけど。
 まあ忙しい人だから、あんまりわがまま言っちゃいけないなぁとも思うんだけど。今日ばかりはそうも言ってられない。アスランに頭を休めてもらおう大作戦を決行すると決めたんだから。
 アスランは、私の呼びかけに一度返事をしただけで、こちらを振り向こうともしない。冷たい、そっけない。
 でもめげずに私はアスランに話しかける。
「あのさぁ」
「ちょっと待ってくれ、今忙しいんだ」
「おいこら、今日は久々のオフだって言ってきたのそっちじゃなかったっけ?」
「すまない。けど…あと少しで終わるんだ」
「まあいいけどさ、アスランだし」
「なんだそれは」
 几帳面で、頑固で堅物で、融通が利かない不器用な人。それが私の知るアスランで、仕事を途中で放りだすなんてことをしたらそれはもうアスランじゃない。別人だ。分かっているから仕方ない。こんな人を好きになってしまったんだから、文句も言えないしね。
 アスランの仕事が終わるまでの暇つぶしと称して、私はベッドの上でごろごろ転がりながら天井を見つめ、この際だから全部ぶちまけてみようと思った。
「アスランはさぁ、あ。独り言だから返事返さなくていいよ。アスランはね、少し根詰めすぎるところがあると思うんだよねぇ。何でもかんでも頑張っちゃうって言うか、もう少し肩の力抜いてもいいと思うわけよ。あんまり苦労ばかり背負い込んでるとそのうち胃にぽっかり穴が空くというか。ちょっとばっかし将来が心配になるわけね、特に髪とか」
 アスランが噴出した。
「アスランとずーっと一緒に居るつもりの私としては、やっぱりね、髪はふさふさでかっこいいままのアスランでいて欲しいなぁ、なんて思ちゃったりしてるわけ」
 ああでもそもそもコーディネイターで遺伝子いじってるわけだから、その辺の心配はしなくても大丈夫なのかな。もしアスランがナチュラルだったとしたらとっくに胃に特大の穴が空いているだろうし、髪も…多分大分まずいことになってる、と思う。そんなアスラン嫌だけど。
「まあとにかくね、休みの日ぐらいしっかり休んだ方がいいよって言いたいわけなんだけど。独り言だから、軽く聞き流してくれていいから。あでもちょっとくらい気に止めておいては欲しいかなぁ」
「言ってることが矛盾だらけだぞ。それに随分とでかい独り言だな」
 ぎ、とベッドのスプリングがきしむ。ごろんと寝返りをうってみればいつの間に移動したのか、アスランがベッドサイドに腰掛けて私を見て笑っていた。ああ、好きだなこの笑顔。
 右手を伸ばしてアスランのほっぺに触れて、そのままびよーんと引っ張る。
「…こら」
「やっぱり」
 私の手を引き剥がしながらアスランは何がやっぱりなんだと聞き返した。
 自覚なし、か。ホントこの人どれだけ忙しいんだろう。
「痩せたよね、アスラン。ちゃんとご飯食べてるの?」
「ああ…いや、まあ…たまに抜かしたりはしてるけど」
 アスランの目が泳ぐ。こりゃたまにじゃないな。
「じゃ睡眠は? しっかり寝てる? 顔色もあんまりよくないって自覚、ある?」
 ぐっとアスランが押し黙った。寝てないのかよ。ああもう駄目だ、ホントこの人。
 睨み付ける私にしどろもどろになるアスランに私は小さく溜息をついた。
 よし、と反動をつけて起き上がり身動きが取れないようアスランの頭に腕を回して、そのまま引き寄せるように体重を後ろに移動させてベッドに倒れこんだ。仰向けに倒れた私の胸の上にアスランの顔がある。
 だから、なのか。そうでないのか。どちらにしても焦ったようにアスランが私の名を呼ぶが無視を決め込んで、腕の力を強くする。
!」
「このままお昼寝しよう。うんそれがいい。駄目とか却下とか、無しだから。それこそ私が却下するから。オーケー?」
「オーケーも何も、まだ終わってないんだ」
「ああ仕事? 大丈夫、ちょっと寝たら起こしてあげる。私だって一応コーディネイターだからね。だからほら少しくらい休みなさい。さぁさ、お休み」
 無理に私の束縛を解こうとすれば出来たはずだ。けどアスランはそれをせずに、しばらくぶつぶつ文句を言っていたみたいだったけど、それもだんだん小さくなって。
「…アスラン?」
 静かになったなと思ってそっと呼びかけて見れば、返事は無い。
 変わりに返ってきたのは静かな寝息で、久々に見る安らいだ寝顔に笑みがこぼれた。
「お休み、アスラン」





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超昔に書いてブログに載せてあったものをそのまま転載

H23.××.××