「沖田さん」
名を呼んで額に触れても彼は目を覚まさない。
労咳を患い日に日に弱っていく彼の姿を見るのは忍びない。剣客として、新撰組のため…近藤局長のために刀を振るうことを何よりも誇りとしていた彼が、今はもう刀を握ることは愚か起き上がることすら困難なほどにやせ衰えている。
病に蝕まれ、絶望する彼に私は何をしてあげられるだろう。ただ傍に寄り添って、額の汗を拭い咳き込む彼の背を擦り、大丈夫ですよとなんの慰めにもならない言葉を掛けてあげることしか今の私にはできない。それがとても歯がゆくて、同時に彼が私にもう何も求めてないと分かっているから余計に何も出来なくて、ただ同じことを繰り返す。
死病と恐れられている彼の病が快復する日など永遠に来ない。緩やかに誘われる死の道を、ただ突き進むしかないのだ。
「沖田さん」
やはり彼は目覚めない。触れた頬は冷え切っていて、まるで死人のよう。
枕元に置かれたままの刀。振るわれることが無くなってどれだけの時が過ぎたのか。存在を主張しながらもなお、役割を果たすことの出来ぬ彼らは酷く寂しげにそこに存在している。彼は、沖田さんは、他者に己の差料を触れられることを嫌う人だったから。私は一度も彼の刀に触れたことはない。人の命を奪い、数多の血を吸ってきた凶刃に触れたいなどとは微塵も思わなかったけれど。
笑ってしまう。自分もその血塗れた組織に身を置く一人であるというのに。人の命を奪うことを厭いながらも、彼が刀を振るうその姿は何よりも美しいと思う。残虐で冷酷で、艶美だ。
もしも今彼の刀を引き抜いて、彼の喉元に刃を突きつけたなら。彼は目を覚まし私から奪い取ったその刀で躊躇うことなく私を切り捨てるのだろうか。
ひっそりと思い描いて笑みを乗せる。愛しい彼の手で屠られるなら本望だ。あぁ、いっそ試してみようか。
「…ちゃん?」
「気分はどうですか、沖田さん」
億劫そうに身じろぎし、良くも悪くもと答える沖田さんに私はそうですか、と頷いて桶で濡らした手ぬぐいを彼の額に当てた。
傍から見れば甲斐甲斐しく看病をするその裏側で。
(ねぇ、知っていますか沖田さん)
うっすらと嗤う。
本当は貴方が病の床に伏し、こうして動けなくなっていることを私が何よりも喜んでいることを。
弱っている貴方は何処へも行けない。
貴方が床に付している間、私は誰よりも貴方の傍に居られるのだから。
「早く良くなってください。あなたの復帰を、局長たちは望んでいるのですから」
そうして思ってもないことを口にする私は、あぁ、なんて。