年年歳歳 花相似たり
歳歳年年 人同じからず
花 -Mement Mori-
黄昏の草原。
トラン共和国首都、グレッグミンスターの街外れにある
高台の草原は、沈む夕陽に照らされて茜色に染まっていた。
手入れされることなく好き勝手育った草たちは、
もうすぐ冬が近いこともあって茶色くくすんでいた。
カサカサと、枯れかけた草が哀愁の音をたてては躍る。
そんな枯れた草の海の中でひとり、ぼんやり寝転んでいたを
やっとの思いで、は見つけたのだった。
「みーつけたー」
「…な…!?」
寝転んで見上げていた、紅く焼けた空が、突然見知った少女に
切り替わったことに驚いて、は勢い良くがばりと起きあがった。
「こんなところにいたんだ。探しちゃった」
はくすくす笑って、切れた息を誤魔化すように肩を竦めてみせた。
「どうして、がここにっ…!」
「軍主さんがね、だーいすきなのこと迎えに行くって言うから、ついてきちゃった」
そう言っては、どこか嬉しそうに照れた笑みをこぼした。
もそれにつられて少しだけ曖昧に微笑む。
「…そうか…。よく、わかったな。俺がここにいるって」
「グレミオさんに聞いたの。何かあったら大抵ここにいるはずだって」
「あ…ああ……」
どこかばつが悪そうに、は右手で頬を掻いた。
その様子に、は先程とは違う優しい笑みを湛えると、隣に座り込み首を傾げた。
「…やっぱり、何かあったんだ?」
「…〜〜べつに…」
「嘘。へたくそね、相変わらず」
「ほっとけよ」
言っては、はあ、と一度盛大なため息をつくと、
やがてあきらめたように首を振った。
「……テッドの、命日なんだ。今日」
瞬間、ドキンと突き刺すような鼓動が、の胸に走った。
「…っ……。ご…ごめん…」
「いいよ」
寂しげな微笑みと共にが言うと同時に、
ザァッと一陣の風が二人の間を通り過ぎていった。
同時に、少しの沈黙が訪れる。
「…―ここさ、テッドとよく、遊んだ場所なんだ」
「……え?」
静かにその沈黙を破ったのはだった。
はうつむいていた顔を向け、の双眸を見つめた。
その顔は、優しく穏やかに微笑んでいた。
「二人で狩りしたり、修行したり、けんかしたりさ…思い出の場所なんだ。ここは」
「…………」
「…なんで、だろうな。あの頃はこんな日が来るなんて思ってもなかった。
ずっと似たような他愛のない日々が続いていくと思っていたんだ」
の視線から逃れるように、顔を背けて遠くを見つめる。
丘の向こうには、夕陽に照らされ、燃えているかのような故郷の街が広がっている。
その情景には小さくため息をついて、呟いた。
「ここから見える景色は、あの頃とは全く変わってはいない…。
だけど……アイツは…もう……ここには、いなくて…」
思い出す、友の顔。
どんな時でも、必ずそこにあった笑顔。
たとえその命の灯が消えかけようとも、見せた笑顔。
思い出すのは、いつでも、
哀しいほどに明るい あの笑顔ばかりで。
苦しくなって、は思わず顔を顰めた。
うつむいて、両手で頭を抱える。
「そう思うと、いつか誰もが俺の傍からいなくなる気がして…怖いんだ」
「……」
項垂れていた顔をあげると、はゆっくりの頬へ手を伸ばした。
そして、まるで壊れ物を扱うかのように、そっとその頬に触れると、言った。
「…君も、いつか……俺の傍を離れていってしまうんじゃないかって……」
「……………」
やっと搾り出したようなその言葉に、は哀しくなって眉を顰めた。
自分の持つ答えを、目の前の少年に伝えることをためらってしまう。
「……」
迷いを見抜いて、が再びその名を呟いた。
は頬に触れた手に自身の手を優しく重ねると、小さく口を開いた。
「…そう…人は、うつろう。…無情な程に、時は刻まれていく」
「……………」
その一言で、それが意図する意味に気付いて、の顔が曇る。
「出会いがあるから、人は別れる…遅かれ早かれ、人は死ぬの。」
それでもは言葉を紡ぐ。淡々と想いを吐き出していく。
「だから…ごめんね。私もきっと、ずっと、一緒にいてあげられない。」
私もきっと、いつかはきっと、この世から去っていくんだろう。
貴方にさよならしなくちゃいけない時が来るんだろう。
だけど
「だけど」
だけど。
「だけどね…。…私が、生きていられる間は……」
―約束するよ
「ずっと……ずっと一緒にいてあげる」
約束するから
「…傍に、いるよ…」
貴方の隣に、いるよ―
「……ありがとう……」
ふっと、は目を細めて、の頬に添えていた手を外すと
逆にの手を取り、その甲にそっと唇を落とした。
敬意と、信愛の証にと。
ザァッと、風は再び草の間をぬって空へと舞い上がっていった。
「――」
そこで二人は同時に何かに気がついて、空を見上げた。
「……な、なに?」
風に乗って、やって来たものがあった。
風上の方から、白い、小さな何かが、まるで雪のように乾いた草原に舞い降りてきた。
「これ……花、びら?」
ひらひらと、手元に落ちてきた一枚を受けとめて、は驚いた。
風に乗って飛んできたものは、花びらだったのだ。
呆気にとられるをよそに、は落ちついた様子で言った。
「……ああ。毎年この季節になると、季節風に乗って
どこかから飛んでくるんだ。なんの花かは…知らないけど」
「へえ…不思議……これ、って―」
掌におさまった一枚の白い花弁を見て、はなにかに気がついたように
きょとんとすると、すぐにぷっと吹き出した。
「?何がおかしいんだ?」
隣でくすくす笑うを怪訝に思って問いかける。
「ううん、偶然飛んできたにしては出来すぎてるなって思っただけ」
「なにがだよ?」
「ふふ、それは内緒。さ、そろそろ帰ろうよ、」
笑いを噛み殺しながら、は服を払って立ち上がった。
「…な、なんだよそれ。はぐらかすなよッ」
「ないしょないしょっ。あーおなかすいたなー」
「あ、おいッ。待てよッ」
そうして、遠ざかっていった二つの影を、草原に降りそそいだ花弁が優しく見送っていた。
その花の花言葉は、メメント・モリ。
"死を 想え"
fin.