大人のキスってどんな味?
じーっと。見つめること、三分とちょっと。
ようやく、が顔を上げた。
今の今まで気づいていて無視していたに違いない。絶対にそうだ。
「どうした?」
苦笑交じりに首を傾げて。さらさらとした黒髪が額にかかる。
見た目私と同じくらいの年なのに、なんだかずっと大人びて見えるのが悔しい。
実際が私よりずっと年上だってことぐらい承知してるけど。
でもなんか。ほら、気持ちの問題よ。
私ばっかりやきもきしてて、はものすごい余裕綽々で。
経験の差ってやつなのかな。
…ん? てことはさ、やっぱり。
ってば今までそれなりに女の人と付き合ったりしたこと、あるのかな。
うわべだけじゃなくて、もっと深い付き合い。
私とするみたいな軽いキスじゃなくて、もっと大人っぽいキスとかもしたことある…のかな。
「むかつく」
想像なのに。想像上の相手にやきもちを焼く自分がなんだか空しい。
でも面白くないものは面白くないんだ。仕方ないじゃない?
そう思ってたらどうやら口に出ていたようで。
さらには私がそんな考え…妄想? をめぐらせていた間に、私との距離といつの間にか縮めたがすぐ目の前に居て私の顔を覗き込んでいたりして。
「何がむかつくって?」
ドアップで見えたの顔にビックリして思わずあとずさろうとしたんだけど。
肩を捕まれてそれ以上後ろに下がれなかった。
「別になんでもないけど」
「その顔で?」
「その顔ってどんな顔よ」
「面白くないって顔してるけど」
「あはは。あたってら」
ずばり言い当ててくださった恋人に何の気持ちもこもってない拍手を送る。
の手が肩から離れるのを確認するとさっと後方に身を引いた。
「うん。なんでもないよ。気にしないで。それより何か飲む?」
「じゃあコーヒー。ブラックで」
「あいよ」
気を紛らわすためにお茶を入れよう。うん。それがいい。
のオーダーを受けたので、私はコーヒーメーカーに向かい合った。
やや時間を置いて出来上がったコーヒー。
言われたとおりブラックで出すと、ありがとうとが言って一口含んだ。
その様すら格好がついていて。
やっぱりなんだか。
「むかつくなぁ」
またもや口に出ていたようだ。「何が?」とにっこりに返された。
この笑顔を見せた時のはしつこい。どれだけはぐらかそうとも結局は全部吐くことになるのだ。
だったら初めから抵抗せずに素直に白状しよう。それが懸命な判断だ。
自分に言い聞かせ、先ほどまで考えていた「他人が聞けばくだらない」と思うような話をに聞かせた。
は一瞬ぽかんとして、それからこらえきれないというように噴出した。
憮然とする私を前に、けらけらと笑い続ける。
そうかと思えば突然私の腕を引いて。
「――――ッ!!!!????」
バランスを崩した私にキスをしました。しやがりました。ええ、それはもう突然。
「ん―――っ!」
キスするのは初めてじゃない。
でもこれは始めてた。なんというか、さっきまで私が想像しててむかついてたやつ。
俗に言うディープキス。
驚いて目を閉じる間もないまま。整ったの顔が目の前にあって。
抵抗しようにも間に挟んだテーブルには、さっきまでが飲んでいたコーヒーがあるため下手に動けば零れてしまう。
それでもどんどんとの胸を叩けばようやく解放してくれた。
「ぶっはぁ。ちょ、! いきなりなにすっかぁ!!?」
多分私、顔が真っ赤だと思う。だもんで、こんな感じに怒ってみても格好ついてないんだろうな。
恥ずかしすぎての顔がまともに見れない。
顔を背けたまま、ちらちらとカイルを盗み見るが。はいつもと変わらぬ様子。
「、したかったんでしょ? 軽くない、キス。それで感想は?」
「か、感想!?」
いきなり何を言い出すんだコイツは。
でも言わないとまたされそうだ。パニックに陥りそうになりながらもなんとか冷静を取り戻し、しばらく考えた私が出した感想は。
「苦い」
口の中に残る、さっきまでが飲んでいたブラックコーヒーの味。
カイルは私を見て面白そうに唇をゆがめた。
「それはそれは」
何がそれはそれはなんだ!
にらむ私にまた笑う。駄目だ。コイツには絶対適わない。
あきらめた私はに向かい合うと、椅子から立った。
されっぱなしってものなんだか癪に障るじゃない?
気づかれないよう口の端を持ち上げて、ニヤリと笑う。
すきだらけのにそのままキスをすた。
「っ!?」
珍しく目を丸くするに、私はしてやったりと微笑んだ。
大人のキスもたまには悪くないけどね。
だけど出来ることなら。
今度はブラックコーヒーを飲んだあとじゃなくて、ココアを飲んだの後がいいな。
砂糖の入った甘いやつ。
そしたら苦いキスじゃなくて、甘いキスになるじゃない?
好きな人とするキスなら、甘いほうが絶対いいものね。