私は最近、どうやら嫌がらせにあっているようだ。
とはいえあまりそういった類のことを気にする人間でもないので、多分嫌がらせにあっているのだろうなという認識しかない。特に嫌だと言うわけでもないので何もせずにほうっておいた。
嫌がらせを受けている理由はわかりきっていたしだからといって動く気もなく、時間がたてば諦めるだろうと、思っていたのだけれど。
どうやらそういうわけには行かなかったみたいだ。
仕事の最中頭から冷たい水をかぶせられた。
突然のことで、当たり前ながらなんの対処も出来なかった。
水を吸ったお仕着せの服が体に纏わりつくように、重い。
顔に張り付いた髪を払いのけながら、たった今私に水を浴びせて走り去っていった人間の後ろ姿を思いだした。あれは確か、侍女仲間の一人だ。というか、あのお仕着せは私と同じものだから間違いない。
嫌がらせを受ける原因は分かっている。
うぬぼれでもなんでもなく、王子が自分を慕ってくれているせいなのだろう。
「あーあ」
ぬれねずみと化した自分の体を見下ろして、溜息一つ。
これじゃあ王子の前に出られないではないか。
それ以前に仕事どころの騒ぎではない。こんな格好でうろついていたら色々な意味で注目の的だ。
仕方ない、と自分の部屋に戻ろうときびすを返した瞬間、思わず「げっ」と声を上げてしまった。
今一番会いたくなかった人物がそこにいた。
しかもありえないほどに満面の笑顔。何かたくらんでそうな。
「お、王子…」
「げっとは酷いね。僕が来るとなにかマズイことでもあった?」
「い、いえ。そういうわけでは」
すす、と目を逸らしつつ一歩後退する。
それにあわせてニコニコ笑顔の王子は一歩私に近づく。
王子、笑顔がなんだか怖いです。
「すごい格好だね? 何かあった?」
「やー、ちょっと水道管爆破しちゃって」
「…へぇ。水道管、ね」
で、どこの?
深く突っ込まれて私はうっ、と答えに詰まった。当たり前だ。水道管なんて爆破してないし、もし爆破してたら今頃大変なことになっている。あたり一面水浸しだ。こんなところで呆然としている場合ではない。
「すみません、嘘です」
「うん、素直が一番だよね。実は最初から見てたし」
「……見てたんですか」
「うん。前からこういうことあった?」
「いえ、そいうわけでは…」
「あったんだ?」
「う…いや、あの…はい。まあ多少は…。あ、でも別に私あまり気にしてませんので」
だから王子も気にしないで下さい。寧ろ忘れてください。
そう捨て台詞よろしく立ち去ろうと思ったのに、王子にがっちり腕を掴まれた。
仕えているものである立場上振り払うことも出来ず、しかし前に進むことも出来ず右足を前に出したままの微妙な体勢で固まる。
あの、流石に早く部屋に戻って着替えたいんですが。
言い出すに言い出せず小さく唸る私に王子がぷっと吹き出して、私の腕を解放するとどこから持ってきたのか大きめのタオルを差し出した。本当にどこから持ってきたんだ?
「風引くからね。早く部屋戻って着替えた方がいいよ?」
「はい。ではあの、そろそろ失礼します。あ、これありがとうございました」
ペコリと一礼してそそくさと王子の下を離れた。
結局王子はあれ以上追及してくることはなかった、が。
それから数日が過ぎ不思議なことに、私が嫌がらせを受けることはぱったりとなくなった。
ついでにあの水をかけてきた侍女も王宮で見かけることがなくなり、その理由は想像がつく。
まあ自業自得というヤツだ。
どちらも大方王子が裏で手を回してくれたんだろう。
ちょっとだけ王子に感謝をしつつ、今までどおり仕事に励む私なのであった。