切な系100題「060:絵本」

 思い出とともに胸に抱くそれは、
 一冊の小さな絵本。


 あれは確かルック様に連れられて、魔術師の塔に来てすぐの頃でした。
 その頃まだ幼かった私は、やはり年相応の少女であったらしく、普段であれば読む事のない絵本というものに興味を示したのです。
 ルック様の部屋の、本棚の隅にあったそれを引っ張り出して少し埃を被った表紙を開いて覗き込むと柔らかい色彩の絵が中から溢れるように、私の目に焼き付きました。
 始めて目にしたそれに、とても感動したのです。
 今まで・・・・・・ハルモニアの神殿に居た時は、そのような本を読んだ事も見かけた事もありませんでしたから。
 幼い私の手には余る程の魔道書を渡されて、読みそれを覚える事を強要されていました。
 世界にはこんなにも、暖かな気持ちに慣れる本が存在するのだと知ると、なんだかとても嬉しくなって、食い入るように絵本を見ていました。
 そうして、ふっと頭をなでられたのです。
 優しく暖かい手で。
 驚いて顔をあげた私の目に映ったのは、やわらかに微笑む女の方でした。
 その傍らにはルック様もいて、優しく笑っているようにみえました。
 当然のように、そうすることが自然であるというようにルック様の傍らに居たその方は、ゆったりと微笑むと瞳を和ませておっしゃいました。
『あなたがセラね?』
 その問いに私は戸惑いながらも頷きました。
『本が好き?』
 私はもう一度頷きました。
 するとその方はルック様を見て頷き、再び一度私と目を合わせました。
『始めまして、セラ。私は。よろしくね?』
様・・・・・・はじめまして。セラといいます』
 とても優しい空気を持った人で。
 人見知りをする私がすぐに打ち解けられるお人でした。
 その方・・・・・・様はそれからよく、私に絵本を読んでくださいました。
 もちろん、魔術師の塔に絵本などというものはおいてあるはずも無く、様がどこからか買ってきてくださったのです。
 いつしか、私はそれが楽しみになっていました。
 ですが。
 それから、数年が経って様は姿を消されました。
 突然の事で、幼い私はただ様がいなくなってしまったことが寂しくて泣きじゃくっていました。
 ルック様は口を濁して、理由を話してはくださいませんでした。
 ただ、幼い私には理解できなかった事が。
 成長した今なら解るんです。
 時折ルック様が見せる寂しそうな笑顔。島の高台にひっそりと建てられた小さな石碑。
 気付かないはずがありません。
 様は恐らく・・・・・・亡くなられたのでしょう。
 その原因を私は知り得ませんけれど。


 私はある日、一冊の絵本を胸に抱いてルック様に気付かれないようにその高台に足を運びました。
 遠目にしか見たことの無かった石碑は、目の前まで行くとやはり墓碑であることがわかりました。
 丁寧に刻まれた名前は、様のもので・・・・・・。
 絵本を抱いた腕に力が入りました。

 昔、読んでもらった一冊の絵本の中にこういう話があったんです。
 ある一匹の小ウサギが死んで、空の星になるという話でした。
 死んだ動物の魂が星になるなどありえないと思っていましたけど、今ならその話が真実であり得て欲しいと思います。
 真実であって、様の魂も夜空の美しい星となって輝いていればいいと、私は思っているのです。