「何してるわけ?」
見上げてくる紫水晶の瞳。深い色を宿したそれに、冷静以外の感情は見られない。
長い黒髪を肩から流し、やはりこちらも冷静以外の感情の宿らぬ眼差しで見つめ返したまま。細い指先が、彼の頬に触れる。熱を失って冷え切った指先から伝わるぬくもりは無い。
「何してるように、見える?」
ことりと首を傾げるその様は。糸でつられた操り人形のように、愛らしくけれど不自然に。
ゆっくりと弓張り月を描く唇は鮮やかな紅を纏って。その唇から、瞳や指先と同じように冷たい声が紡がれる。決して不快感を与えるわけではない。むしろ心地よい、静かなる調べのよう。
白妙の衣が衣擦れを奏で、ゆったりとした動作で彼女は彼の頬に当てていた手を首筋に滑らせた。ひやりと冷たい指先が首筋に絡みつく。
くっ、とわずかばかり力を込めて。
けれど彼の表情は変わらず。ただ無機質に微笑む彼女を見上げている。見下ろす彼女は至極嬉しそうに瞳を細めて、笑う。
くすくすと漣のような笑い声が響く空間は、どこか異質に。
彼は腕を上げて彼女の頬に触れた。冷たい。生きている人のソレとは思えぬほどに冷え切った頬。
笑みを刻む瞳からは、一筋の涙。真白い頬を伝い落ちたその跡にそっと触れる。
「どうして泣いてる?」
「私は泣いているかしら?」
頬に触れる彼の手に、空いた片方の手を当ててまた首を傾げる。
酷く不思議そうに。そのまま自分の頬に触れる。しっとりとした手触りは、涙の流れた証拠。
「本当だわ。不思議ね」
またくすくすと笑う。無機質な微笑みは艶やかな笑みへと形を変えて、不気味に美しく。闇を潜めたものである。
普段の彼女はこうではなかったとは考える。
いつもはおっとりと微笑んで、静かに傍にいる。そんな人であったのに。
突然寝ている自分の首を絞めに繰るような、そんな人ではなかったのに。
彼女が知らないはずは無い。たとえ寝ていても人の気配がすれば目を覚ますことを。
彼女に何があったのかには解らない。ただ何かがあったのだ。だから彼女はこうして、を殺しに来た。
「何が、あった?」
「…何もないわ。どうして?」
「君らしくない」
「……そう?」
彼女は紫の瞳を見つめたまま、静かに。
初めて愛した人は。愛してはいけない人だった。
ずっと一緒にいたいと願った。けれどそれは叶わないと知っていた。
彼は紋章を宿し不老の人。はただの人であり、年月を重ねる毎に年を経ていく。
共に居られることが叶わないのならば。
繋ぎとめていられないのならば、いっそ。
殺してしまえればと。
「ね、一緒に……」
そうして微笑む彼女の瞳は。
暗い狂気に満ちていて。