初めて君の涙をみたのはいつだろう。
もうずっと昔の事だった。
あの時僕は、君に何もしてやれなくて。
ただ君の手を握り締めていただけだった。
今は……。
見つめ合ったまま動かずに、どれくらいの時が過ぎたことか。
静かな室内に響くのは時を告げる鐘の鳴る、かすかな音だけ。
向いに座ったは唇を強く噛み締めて、顔を真っ赤にしていた。
瞳に大粒の涙を称えながらも。
泣くまいと。絶対に泣くまいと、しているように。
「・・・・・・」
「うそつき」
がぽつりと呟く。零れ落ちた言葉とともに、こらえていたものが溢れてパタパタと手の上に落ちた。
ぐい、と乱暴に手の甲でぬぐう。
こすれた涙の後が頬に広がった。
「ごめん」
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃない!」
それはそうだろうと思う。
幼い頃から交わしてきた約束を、自分は今一方的に破ろうとしているのだ。
旅に出たら最後。もう二度と、ここへは戻ってこないだろう。
そして、戻ってこられないとも思う。
けれど彼女には申し訳ないと思うが、旅に出ると決めた覚悟はゆるぎないものだった。
戦が終結した今だからこそ。
「一緒に居てくれるって…ずっと、一緒だって言ったのに…っ」
少なくとも一年前までの自分はそのつもりだった。
できるならば約束を果たしてやりたい。
ずっと一緒にいたいと思うのは自分だって同じなのだ。けれどそれが出来ないのは課せられた宿命・・・・・・呪いがあるから。
ただ平凡とした日常を送って、年をとって老いて死ねたらそれはとても幸せな事だろう。
でも、もう出来ない事だから。
不老の身となった、自分には。
勝手に約束を破っておいて、わかってくれ、納得してくれなどといえるわけがない。
どうして言えただろう。そんな身勝手な事を。
「」
自分に出来るのはただ名前を呼ぶことだけで。
目の前で涙を流すに弁解の言葉一つ見つからない。
慰める言葉すら思いつかなくて、思い知らされる。
昔と何一つ、変わってはいないんだと。
「行かないで。お願い、ここにいて」
縋るように見上げるから思わず目を逸らした。
「無理だよ。僕は・・・・・・」
「っ、また・・・・・・私は一人になるの?」
ぽろぽろと涙を流しながらいったの言葉に胸を抉られるようだった。
幼い頃に両親を亡くし、孤独となったの傍に常に一緒に居たのはで。
もう一人にしないと約束した。これからはずっと一緒だと。
だから一人じゃない。寂しくないよ、と。
「許してくれ、。君との約束を破った僕を恨んでくれて構わない。だから……」
「いや! いやっ、そんなの…っ!」
子供が駄々をこねるようは何度も首を振った。その度に藍色の瞳から涙が零れ落ちて弾けた。
はの傍へよる。彼女の頭を抱え込むようにして強く抱きしめた。
瞳を大きく見開いたが強く目を閉じ嗚咽を漏らす。
の胸にすがり付き声を推し殺して泣いた。
うそつきと何度も口にして。
涙が収まった頃、はしゃくりあげ、涙に濡れた瞳でを見上げ小さく呟いた。
「ごめんね、」
ホントはわかってる。
でも認めたくない。受け入れたくないだけだった。
傍にいてくれると信じていた。ずっと疑うことなく。
約束が破られるなんてことは微塵にも、思ったことがなくて。
だから辛くて、悲しくて・・・・・・彼が自分の傍から離れていってしまうことが、寂しくて。
我侭を言った。
彼の選んだ道を否定しようとしたけれど。
でも、だけど。
本当は、笑って見送ってあげたかった・・・・・・。
長いことの腕の中で泣いていたの体から力が抜けた事に気が付いたのは、彼女の言葉に驚いていたがようやく我に返ったときだった。
くったりと力を失った彼女の体を抱き上げて、ベッドの上に寝かせる。
「ごめん。ごめんね、」
の手を握り締め、額に押し当てて低く呟く謝罪の言葉はあまりにも痛く切ない。
涙の跡が濃く残る頬に手を沿えて、軽く触れるだけの口付けを落とした。
このまま彼女の傍にいたい。
それが出来たら他には何も望まないだろう。それほどまでに彼女を愛しているけれど。
愛しているからこそ、傍にいられない。
「さよなら」
僅かな温もりだけを残して。
あとは、何も残さず。
何も言わず。
そして立ち去る僕を、どうか―――・・・・・・。